養老孟司 著『半分生きて半分死んでる』に関連して、許せないクソ母 | 国道179号沿線住民とっ散らかりブログ

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楽器もできない音楽好きのおっさんが
中坊並みの文章力で書いてるブログ。
撮影地:若桜鉄道、八頭高校前~因幡船岡駅間


いきなり本題に入りますが、「老人が暮らしにく世の中」の項で
こう書かれてます。(引用します)

>山歩きが流行している。
 山で感覚から入力されてくるものには、意味がない。
石ころにも木の根にも、風にも日の出にも、要するに意味がない。
意味のないものに、現代人は憧れる。
なぜかといえば、身の回りに意味のあるものしか置かれないからである。
一度、オフィスの中を点検してみるといい。
そのどこに「意味のないもの」が置かれているか。
「生きていても意味がない」人たちを十九人、殺害した事件を
思い出して欲しい。
世界を意味で満たすことは、じつは恐ろしい社会を創り出すこと
なのである。

で、こんな事件が、『無理心中か民家に母娘の2遺体 愛知・岡崎』

一見、よくある普通の無理心中に思えますが、こぼれ聞いた話に
よりますと、この中2女子の障がいに、将来に悲観して
心中に及んだと聞いたのだが、重症か軽症かまでは聞いてませんが
この母親は最低・最悪の選択をしたと憤ってます。\(*`∧´)/

たかが(といっちゃ失礼だが)中2ですよ、まだ中2、
障がいを負ったにしてもです、将来もなにもまだスタートにすら
立っていないのに「悲観」だなんて、オマエが勝手に娘の将来像を
決めんじゃねえよ、ってこと! \(*`∧´)/
それはせめてこのオカンが傘寿でも過ぎて、娘が還暦に近づき尚且つ
それで先が全く見えないとなれば、その時に煮るなり焼くなり
好きにすりゃいいし、それからでも遅くないと思う。( ・ω・)

どんな障がいかまでは知りませんよ、無責任な言い方ですが。
でもね、仮に重症の障がいを負ったにしてもです、
すくなくとも人生の半分を遠に過ぎた私よりは化ける可能性は
十分にあるんですよ。
盲目ながら世界トップクラスのピアニストの辻井伸行、
彼の演奏する「ショパンの英雄ポロネーズ」鳥肌モンですよ。
ま、彼は突き抜け過ぎではありますが、R-1GP優勝の
盲目のピン芸人『濱田祐太郎』観てたけど頭一つ抜けてましたし
先週の「水曜日のダウンタウン」での企画
「箱の中身はなんでしょう、濱田祐太郎、最強説」
なかなか攻めた企画でしたが、トークネタだけではない
バラエティでの彼のポテンシャル・可能性を感じたナイスな
企画でした。

で、また先日、こういうことがありました。
現場建物取り壊し始まる
相模原市で19人が殺害された事件の現場となった障害者施設「津久井やまゆり園」の取り壊し工事が7日、..........≪続きを読む≫

事件現場となった相模原の施設、忌まわしさがつきまとう
せいなのか、立て直すために取り壊し工事が始まったそうですが
施設を”なかったことにする行為”は、また同時に”19人の被害者の
存在すら、人々の記憶からも消え、なかったことにする”ことには
ならないだろうか?
そこのところ、私にはどちらがいいか全く答えが出ないですが・・・

で、なにが一番言いたいか?というと、この母親の最悪の選択の奥底

娘であっても障がいを持ったことで「生きていても意味がない」人と
考えたとするなら、その考え方ってのは結局、「優生思想の肯定」で
しかなく、それと同時に「殺人鬼・植松被告」とイコール、
考えに同調、それは即ち、優生思想を認め、植松被告を受け入れた
ことになりはしないだろうか?
その考え・行為について
「最悪の選択をした最低の母親は浅はかでバカ、よって1ミリたり
とも同情できない」と斬って捨てます。
が、この中2女子については「ヒャクパーでお気の毒」と思うのと
「この母親でなければよかったのに」という点で同情に禁じ得ない。
優生思想、及び、植松被告のやらかしたことを否定するのであれば
娘とはいえ、障がいを持ったからといって殺して自らも自殺しよう
だなんてのは、絶対しちゃイカンのです。

それらの事を踏まえて、最低・最悪の心中事件だったと考えます。

m(_ _)m