中2の時期、洋楽にハマり、空前のオーディオブームが到来して
熱狂し、もう一つのブームが全国的に波及した80年代初頭、
島村氏も夢中になったと書いてて、自分も夢中になったそのブーム
ってのは『漫才ブーム』、当時大人気だった
「ベイ・シティ・ローラーズ」のファンも一気に若手漫才師に向いて、
ベイ・シティ・ローラーズの人気は一気にしぼんたのだそう。
その漫才ブーム、火が付いたのは「花王名人劇場」内の『漫才新幹線』
これは著者が直接、花王名人劇場のプロデューサーだった『澤田隆治氏』
から聞いた話なのだが、この企画は元々『Wヤング』をメインに据えて
というのが目論見だったのだが、直前に野球賭博に手を出し、
借金を苦にして自殺、その代役にと『やすし・きよし』に
白羽の矢が立った。
B&B、星セント・ルイス、やすし・きよしで放送されるやいなや
大反響、その後の『THE MANZAI』で一気に火がついた。
この時代について、ビートたけし著『バカ論』に少しだけ触れていた。

ブームの時、関西から一気に大量の漫才師が東京にやってきた。
ただでさえ少ない東京の漫才、ブーム時に「セント・ルイス」を
ごぼう抜きしたツービートが東京代表みたいな構図になった。
関西勢に押されながら孤軍奮闘するツービート、彼らに負けないように
ネタだけはたくさん書いたと。
それに比べて関西勢は、いつも同じネタをかけるようになる。
何回同じネタをかけてもいつも大爆笑の大受けばもんだから
勘違いするようになる。
東京に来て仕事が増え、チヤホヤされて沢山のギャラをもらい
まるで’それだけが目的なように’なったせいか、ブームが終焉に
向かうと一気に消えていった。
勝手に推測するが、その努力を怠った浮ついた漫才師
ザ・Bんち、Nりお・Yしお、Sブロー・Sロー、のことじゃ
なかろうかと・・・
B&Bはね、洋八の出身の岡山を馬鹿にするでしょ?
アレがイヤでね、お気に入りがまさに努力を怠ったという
「A地点からB地点、そ~なんですよ、川崎さん」というのと
「ラッタッタ、ツクツクボーシ、ホ~ホケキョ」という
津川雅彦似のアレ。(^O^)
「川崎さん」というのも含めて、その後の「オレたちひょうきん族」
もDVD化されたを20年後だったか観たら、これが全く笑えない。
クソつまらなくてガックリ、なにがそんなに面白かったのか?
それはやはり・・・
あの時代のノリ、だったからでしょうね。(-∧-)
裏番組の「全員集合」の作り込んだ笑いとは真逆の
即興の場当たりのコントで作ったからでしょうね。
その後の後継番組の「ごっつええ感じ」の作り込んだコントは、
今観ても思いっきり笑えますから。(^O^)
その夢中になった、お笑いで初めて武道館でコンサートを開いた
「川崎さん」、当時ガンガン聴いてたんだけど、今となっては
なにがそんなに私を熱狂させたのか?
たぶん、熱病に冒されてたんでしょうね。
ぼんちシート
Nりお Yしお 伝説の漫才