戦前生まれの遺言・浜村淳 編 | 国道179号沿線住民とっ散らかりブログ

国道179号沿線住民とっ散らかりブログ

楽器もできない音楽好きのおっさんが
中坊並みの文章力で書いてるブログ。
撮影地:若桜鉄道、八頭高校前~因幡船岡駅間

渡り鳥よ

昭和二十年8月
我が国が戦い破れたそのころに吉川英治はつぎのような句を詠まれています。

「帰る雁 みたか日本の うらおもて」

渡り鳥よ、みたかこの国の変貌を。
戦前の国威発揚さかんだった日本、おろかな戦争に突入して行った
日本、敗戦荒亡むざんな焦土と化した日本・・・
この国のはげしい変転をその眼で、しかとみてくれたか。
やがてまた、この国はめざましく復興するだろうという希望と
戦勝国によって、どんな影響をうけるのだろうかという憂慮とが
漂うような句ではないでしょうか。

結果、古来の美風良俗は残しつつ、そのうえに米国民主主義流の理念を
積み重ねていくという理想とはかなり違った方向に進んでしまった
ような無念さが感じられてしかたがないのです。
日本人の美点は消失し、かわって欧米の好ましからざる一面のみが
流入してしまったような嘆きが残ります。

恥知らずな自己利益の追求(個人のみならず一流大企業まで)、
良心の喪失、兇悪な殺傷事件、旧来の文化を軽蔑し若者風俗ばかりを
もてはやす軽薄精神、これらに戦慄するのは決して老いの弱気のせい
ではないなずです。
日本人すべてに聖人君子になってほしいとは云いません。
せめて善意のけじめをわきまえる常識と祖国に対する愛と誇りが
持てる民族であってほしいと願うのです。

余談ですがわたくしが四、五歳のころ近くに八十歳の老女がおりまして
幼少のころ新撰組の沖田総司と遊んだ思い出を、つぶやくように
語ってくれてました。
石蹴り、縄跳び、かくれんぼ、西本願寺の大銀杏が夕日に染まるころ
「さいなら、さいなら沖田はん、またあした遊びましょ」と手を振って
別れていった、こんな話にロマンを感じてくれますか?
主義のために命を賭けた男の悲壮感に心、打たれてくれますか?
やさしさと勇気の大切さをわかってくれますか?
まだまだ日本の未来に希望をつないでいます。

それを見ていってくれ、渡り鳥いつ帰る。