戦前生まれの遺言・山田太一編 | 国道179号沿線住民とっ散らかりブログ

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楽器もできない音楽好きのおっさんが
中坊並みの文章力で書いてるブログ。
撮影地:若桜鉄道、八頭高校前~因幡船岡駅間

堺屋太一 (82歳・脚本家)

今ごろなにを言い出すかといわれそうだが
戦争をしていた頃の日本を思い出すと
(敗戦時小5)途方もなく非現実で子供のバカバカしい
空想のようなものである。

本土大空襲を前にして、隣組が集まってバケツリレーで
水をかければ火は消せると思っていたのである。
中にはそんな訳に行くもんか、と思う人もいただろうが
隣組の訓練に参加しないと非国民とかスパイとか
言われるから、行かない訳にはいかないのだった。

子供の頃の私も竹槍で上陸してくる米兵を刺し殺す訓練を
していた。
学校がやるのだから役に立つと思っていたのである。
いや、大いに役に立つと思っていたにちがいない。
まさか軍の指導者までそんな訓練のバカバカしさを知らな
かったわけではないだろう。
しかし、もうやられるしかない、逃げるしかないでは
国民の闘志も湧かないだろうから、本当に空襲が来るまで
の間は嘘でもバケツの水かけは有効だといっておこうと
いうことではなかっただろうか。

神風特攻隊だって、あの自爆で日本が盛り返すと指導者は
思いようもなかっただろう。
やめなkったのは目先、国民が希望を託しているから、
といったところだろう。

この国に言い残すことはないかといわれているわけだが
今と戦争中の日本と質はあまり変わらないと思っている。
しかし、戦争中ほど露骨に国の都合で多量の日本人を
使い捨てにしたりしないでいるのは、いうまでもなく
その後戦争をしていないからだと思う。
策を弄しても戦争を避ける人材が大事だと思う。

m(_ _)m