伊藤 潤 著 『敗者烈伝』 | 国道179号沿線住民とっ散らかりブログ

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『強いものが生き残るんじゃない、環境に適応できたものが生き残るのだ』
有名な言葉かな・・?

歴史上の人物、数々のやらかした敗者を取り上げて、しくじった原因を
学ぼうという企画物?の本ですね。

負けた原因はパターン化できるようです。
慢心から助長して自滅するパターン、蘇我入鹿、O田N長など・・・
逆に周りから持ち上げられ期待されすぎてしくじった西郷隆盛
過去のトラウマなどで信用できなくなった、北条氏政、
少し違うが武田勝頼もおおよそそのパターン
クソ真面目すぎて人の言うことを聞く気もない自己中、石田三成に
徳川慶喜、その点では’松平容保’もそれに近い。

巡り合わせが悪く、出てきた時代が悪かった’(運)持ってない’
豊臣秀次・秀頼などなど・・・

豊臣が滅んだのも、秀頼が悪いんじゃなくて、晩年のとっちらかった
秀吉が元凶でね。
秀頼が生まれてくるのが遅かったというのもあるが、たらればを言っても
詮ないが、鶴松が幼少で死ななければ秀次も死ぬこともなかったとすれば
もう少しは生きながらえた気もする、弟・秀長がいなくなったのが
一番痛いのだが。
秀次を死なせた、朝鮮出兵が失策、融通の聞かない石田三成がいたこと、
豊富存続のみで動いた石田が結果、潰してしまったとも言える。
家康の年齢を考えたら、時を稼げば少しは有利に持っていけたものを、
ことを急ぎすぎて、動いちゃいけないときに動いて自滅、
その点では、著書には出ていないが『毛利輝元』もそうですな。

あまりに事がうまく運びすぎて、調子こいて大嫌いだった江藤新平を
ディスりすぎて反感を買い、暗殺されてしまった’大久保利通’とか。

O田N長といえば本能寺の変、最近聞いた新説が面白い。
武田を滅ぼして、徳川家康を安土に饗応に呼んた時、
裏で実は、N長が家康の暗殺を目論んで、それを光秀に命じたところ
さすがに安土城内での暗殺はマズいんじゃねえの?って讒言して
N長からボコられた?というのが真相で、武田が滅んでしまえば
徳川は、O田にとっては’用済み’ってことでね。

そこで日を改めて、家康に堺見物を勧め、その後に本能寺に寄るように
と、そこで大軍勢で待てば怪しまれるために、少数の家来だけで
いたところに光秀が謀反、これが本能寺の変の真実だとするという説。
N長にとっての家康は用済みだとするなら、次の用済みは自分・光秀と
妄想を膨らますのは無理からぬ事、ならば
「殺られる前に殺っちゃえ」みたいなことです。

やること全てが上手くことが運び「オレって天才じゃね?」って
そこに慢心が生まれ、そこを突かれ、足元をすくわれるんですな。

そこへ家康ってのは、それら失敗者を踏まえつつうまく立ち振る舞って
成功者になったということでは、歴史から学ぶってのは有効なんで
しょうな。m(_ _)m