機能の話の続きです。
私の出身校、普通に運動部あります。
強いのは「ラグビー部」今は知りませんが、よく花園に出場はしてました。
「参加することに意義がある」じゃないですが、
ほぼ一回戦敗退ですが(笑)
顧問の先生がいいんです、体育の先生で授業を受けたこともあります、
体育系の先生には珍しく、優しくてね、(^-^)
今回は、ラグビー部の話じゃなくて、野球部です。
当然のように、甲子園へは一度も行ったことはないのにです、
唯一、プロの行った選手が一人だけいます。
パ球団のドラフトに掛かりはしたものの下位も下位、6か7位にも
かかわらず、いつの間にやら、スタメンで4番を打ってたのには
驚いた。(*_*)
すでに引退して、どこかのプロ球団でコーチやってるはずです、
名鑑に出てましたから。
話したかったのはそこじゃないんですね。
その高校にいた頃、運動部の中でも野球部は休みがないことに
ビックリしてました、盆暮れ正月の年・3日だけというね。
それだけ年がら年中、練習してるから、さぞ強いんですよね?
と、尋ねられても「イヤ、ええとこ2回戦まで、一度だけベスト8に
行った記憶があるくらい、練習量の割には強くない」
逆に恥ずかしいです、練習量に対して結果が伴ってないから。
同クラスにも野球部いましたし、話を聞いたこともあります。
「休みがなくて大変だね」と聞くと、こう返してきます。
「今は大変だけど、その先に良い就職先があると思うと頑張れる」
私「????」
彼から、甲子園のコの字も聞いたことがない。
野球がうまくなりたいとか強くなりたい、果ては甲子園にいきたいと
練習してるわけじゃなくて
「練習量をこなして就職先に『見せる看板』のため」に毎日欠かさず
練習をしとるんです。
言い方を変えるとこうです、
「私はこれだけの辛い練習量にも耐えられる根性を持っています。
御社に入れていただけるなら、不平不満も言わず社畜のごとく
働かせていただきます」さながらこういったことか・・・?
私に言わせりゃ「なんだそれ?」ですよ、(-_-;)
上手くなる練習じゃない、『練習のための練習』でしかなく、
そこに強くなるための改良だの、創意工夫は全く必要ない。
ただただ時間を埋めるための練習してる’風’って思われても
しかたないのですが、「それって意味あるの?」です。
社畜にしても『練習のための練習』が『仕事のための仕事』に
すり替わって、それって「会社のためになってるの?」と
またまた問いたい気持ちになります。
だって、そこに’セイサンセイガー’とか、改良とか新開発とか
いうものが産まれる気もしない。
時間を埋めるだけの仕事をされたんじゃ、会社もたまったもんじゃない
からね。
運動部に一度も所属したことがない私が言うのも何ですが
スポ根・精神論なんてのは、その程度のもんだと思ってて
スポーツってのは理論や人間工学に精神分析などの複合論だと
思っとるんです。
コンマ一秒でも早く走る・泳ぐ・投げる・飛ぶ・飛ばすetc・・・
技術ってのは日進月歩、日々進化するもので、昨日まで定説だと
思ってたものが、ある日突然、陳腐で使えないものに成り下がるもの
だと思ってまして、工夫も理論的考証もなくダラダラと長時間
『練習さえすればいい、やる気だ・根性だ・練習量が最後にモノを言う』
じゃあね~、(´・ω・`)
それが未だ、大手を振ってまかり通ってるのだとしたら悲劇を
通り越して’喜劇’だし、そんなことだから、先の大戦でも敗北
したんです、上(大本営)が無能でバカばっかだから。\(^o^)/