西部 忠 著 『貨幣という謎』 | 国道179号沿線住民とっ散らかりブログ

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楽器もできない音楽好きのおっさんが
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撮影地:若桜鉄道、八頭高校前~因幡船岡駅間


久々の本です、ナゼかって? 難解だったから。
途中で折れてね、読了まで、ごっつ時間がかかった。
お金(貨幣)というものが、こうやって分析してみると
いかに曖昧で、観念的な存在なんだってことがわかります。
世の中にはいろんな単位があります。
長さ・重さ・時間だったり速度だったりイロイロある中で唯一
増えたり減ったりする単位が、貨幣だと思うのです。
1gは1グラム、1mは1メートルですが、1円は1円でも
その時の気分?で、対通貨で増減するでしょ?
対通貨だけでなくとも、例えばきゅうりでいえば、あるところでは
100円で3本買えたのに今日は4本、他地域では5本買えたなど
その場でその場で変わる。
「1万円札」ってのも『観念』でしかないんですよね。
ただの紙切れに「壱万円」と書かれているだけで、他の紙と
決定的に違うのは「日本銀行券」と『お墨付き』がされている点。
このことで「1万円として「信用して」流通している」存在でしか
ないんですよね。

円だけではない、他通貨もそう、その通貨だって最近では紙製だけ
ではなく、クレジットやプリペイド式のなど電子通貨や
コミュニティ通貨みたいな「国の裏付け」もないあるのは
「信用するという観念」しかない通貨。
極め付きは「ビットコイン」みたいな「電子通貨?」みたいな
実態すら見ることができないものまで、まさに「百花繚乱」状態。

奥が深すぎて理解するのが大変、というか理解すらできていないかも。
いや、半分も理解できてないな。
本によく出るのが「観念の自己実現」という言葉。
貨幣の伸縮は人間の観念で起きることであり、バブルもそう
デフレにハイパーインフレ、ほとんどが人間の都合z?で起きること
なんだそう。

いや~、とにかく難解でした、一回読んだだけでは理解は
まずできないが、また読むか?ってなると、シンドイ(-_-;)