近所の『クソ犬』 | 国道179号沿線住民とっ散らかりブログ

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楽器もできない音楽好きのおっさんが
中坊並みの文章力で書いてるブログ。
撮影地:若桜鉄道、八頭高校前~因幡船岡駅間

本ブログで取り上げるのは2回目です。
こいつが『人を見たら吠えるしか脳のない?』クソ犬です。

そうだな、直線距離で10m以上離れていても「気配」を
彼なり(おそらく♂と想定してですが)に感じると
誰かれ構わず、ず~っと吠え続けます。
彼から見えてなくても、吠えてます。
彼の吠えている姿を見るにつけ、哀れみすら感じていました。
生まれてから死ぬまで、何かに怯えているのかは知らんが
(弱い犬ほどよく吠えるとは、日本のことわざってことを
「お隣の国」は知っているのかな?)
ず~っと人を見たら吠え、死ぬまで繰り返すつもりなのかと。
だとしたら、つまらない人生だなと。
そして自分は絶対、こんな人生は御免被りたい。
こんな態度だから、全く可愛げがないんですね。

それがある日、ふと真反対の考え方が脳裏に浮かんだのです。

いつから『犬=可愛い・愛されるべき存在』となったのだ?と・・

元々は、犬は防犯目的の『番犬』としての存在が主ではなかったか?

吠えると近所から「ウルサイ」との苦情からか、「セコム」に
取って代わられたのか、人に懐かない犬は需要がなくなったのか
全く見かけなくなっていたんですね。
知らない間に、「犬というのは可愛いものであって、可愛くない犬は
存在価値はない」と刷り込まれていたことに気づいたんですね。

『番犬』としてであれば、彼は「大いに価値がある存在」であり
家族(飼い主)にとっては、重宝する『防犯装置』であると。
最近、この飼い主と立ち話とする機会があった。
亡母とは、幼なじみの同級生なので昔からよく知っていたのですが
やはり誰に対しても吠え掛かるが、さすがに飼い主には一応
懐いている、とのこと。
「番犬にはいいですね」というと「誰彼見境なく吠えるんだけど
でもね、そこを我慢して2,3回ほどとり合って、じゃれて遊んで
やると、次にあった時には尻尾振って甘えてくるんだよね」

なんじゃそりゃ~!! (# ゚Д゚)