映画『鈴木先生』のブログに、高校時代は全く悩みがないと書きました。
全くというのは大げさですが、大して悩むことはなかったということでして
それゆえ尾崎豊の世界には全く共感できませんでしたし、今でもそうです。
「盗んだバイクで~」とか、「窓ガラス壊して廻って~、この支配からの卒業」
ってなに甘ったれたこと言ってんだ?
まずは窃盗と器物破損の謝罪と、そんなことやらかすから目をつけられるんだろ?
と思ってしまう。
私の高校時代とは真逆で、いかに先生から姿を消すとか、目につかないようにする
にはどうしたらよいか?とばっかり考えてました。
ですから誰ひとりとして、恩師で私を覚えている人はいないでしょう。
高3なんて直帰で麻雀ばっかり打っていたんですけどね。
社会に出てからですよ、悩んでばっかりなのは・・
理不尽・不条理、やっかみに妬み、裏切り、こんなのが日常茶飯事。
政治に不信感を持ち、本を読むようになったのは、社会に出てからです。
数々の会社を渡り歩いて、学んだことがあります。
どこの会社にいこうが、必ず一人はどうしようもない(気に入らない)曲者が
絶対にいる。
但し、高待遇の企業にはそういった人種は見られにくく
低待遇(今風に言うとブラック)にいくほど、トンデモDQNがいるようです。
最近では、悪ふざけ投稿から、DQN糾弾が流行っているようですが
私が会社で出会ったDQNで若者はいませんでした。
みんながみんな、分別はついているであろうオッサン世代ばっかりでしたね。
まず最初の会社にDQNオッサンがいました。
工場で役付きではないが、一番の年上で誰も注意できないことをいいことに
昼休みになると、会社裏にある酒屋の自販機でイッパイ煽り、酒の匂いを
プンプンさせて、真っ赤な顔して仕事してました。
慣れない仕事でスランプに陥っていた私、愚痴で「仕事辞めようかな?」と
どこかで聞きつけたのが気に入らなかったのが、いつものように酒臭く
私に絡んできて小突いてきた。
それを咎める(拒否る)と、こともあろうにケンカを売ってきた。
ブチギレて飛び出し、そのまま辞めたった。
後日、謝罪を兼ねて辞表を出しに行ったときに、そのオッサン
肝臓イワして、入院したんだそうです。
次の会社は、中途入社が多くて変なのがいましたね。
夜勤で上司がいないことをいいことに、トイレがあるに関わらず
そこらじゅうでジョンベン垂れ流すやつ。
一番強烈だったのが、ストレスが溜まると放火する奴。(こいつはクビになった)
どこの会社にも、掲示板に紙貼っているでしょ?
それにライターで火をつけるんです、これにはビックリ。
ここのにわか上司に、裏切られて(売られて)会社辞めさせられたんですけどね。
笑顔で近づいてくる奴には、真っ先に気をつけるようになりましたね。
この出来事から、会社の人間には打ち解けなれなくなりました。
いつ足元をすくわれるか、用心するようになったからね。
残りは、あからさまのパワハラ上司に、先輩同僚。
自分の感情すらコントロールできない連中が、よくもまあ人の上に立って
調整できるもんだってね。
年功序列の不条理さを思い知らされたのと、人材不足って怖いなあと
コイツがもとで、つぎからつぎへと辞めていくんですからね。
今では「人切りカッター」として重宝がられるんでしょうけど。
そいつら、いっつも眉間にしわ寄せて、「ブスッ」としてるんです。
ここからですね、人の顔色を見ながら仕事するようになったのは。
でないと、濡れ衣着せられるんでね。
一度でも着せられると、後々なにかと不利なもんで・・
登場人物、全部オッサン。
こんなのが、少なくない給料貰っていると想像しただけで
今でも怒りがこみ上げてくるんですね
もう一種のトラウマと化しているみたいです。