鉄道ではなく車?と、思われたかもしれませんが
いすゞに限らず、昭和30年前後の自動車メーカーは
外国から部品を輸入して、組立・生産していた時期がありました。
ということは、丸々コピーしていたことになるのですが
今の中国に対して「コピー車ばっかり」と揶揄するのもどうだかなあ?
という気持ちはあります。
当時の通産省(現・経産省)もオリジナルの国産車が作れるとは
全く思ってなかった時期がありました。
最初はコピーでも、オリジナルを作り出した時期が勝負です。
中国はオリジナルで勝負できるか?
現時点では、微妙ですが・・値段勝負以外でね・・・
なんとビックリ、センターメーターです! 当時からあったのですね。
しかもコレ、6人乗りです。
前3人、後3人です! これもビックリ。(*^_^*)
思わず撮ってしまいました、『有鉛』って・・・非常に懐かしい!
今の若い方は知らないでしょうね?
昔は『有鉛ガソリン』っていうのがあったのです。
オクタン価が上がって性能アップしたのですが、あまりに公害が激しくなったので
昭和50年に完全に無鉛化されていきました。
有鉛ガソリン車に無鉛ガソリンは対応せず、添加剤などで誤魔化していた時期も
ありました。
有鉛車を無鉛車に改造は出来ましたが、エンジンをOHしなくてはならず大変
ですが、当時の旧車が走っているということは、無鉛化対策していると
いうことですね。
エンジンのバルブシートに対策を施さなければならないので、シリンダヘッドを
降ろすという作業が必要なんですね。
以上、つづく・・・



