福山・鞆の浦ミュージアム・死刑囚絵画展 | 国道179号沿線住民とっ散らかりブログ

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楽器もできない音楽好きのおっさんが
中坊並みの文章力で書いてるブログ。
撮影地:若桜鉄道、八頭高校前~因幡船岡駅間

$Mr. BLUE SKY 気ままな徒然ブログ

入口に貼ってあったポスター、光って見えにくかったですね。
6月中旬までの開催予定だったのが好評につき、7月23日?まで延長されたらしく
慌てていくことはなかったんですけどね。
どうしても早く行きたかったので、こちらが慌てて訪問です。

想定はしていましたが展示品は撮影禁止、筆記道具も持って行かなかったので
早くアップしないと記憶が薄れそうなので、ここだけ優先して書く事にしました。

和歌山カレー事件の林真須美死刑囚の絵がクローズアップされていますが
何点かあるのですが、どれも画のタッチが違うのが不思議で
どの絵から書きだし、出来た順番がわかる展示方法だったら、感情の変化が
もう少し読み取れることが出来そうだったのがちょっと残念だったかなあ?

どの絵も上手だったのがびっくり。
「絵心無い芸人」バリの絵心無い私には、羨ましくもある。
画材は色紙、又は普通のA4用紙が多く、色鉛筆・マジックボールペン等が
ほとんどで、油絵具で描かれたものは一つもありません。
なぜなら自殺の可能性があるらしく、絵の具の支給は一切禁止だそうです。
どうやって自殺できるのかは不明ですが・・・

誰が書いたのかは忘れましたが、色紙の裏側に今の正直な?感情を吐露した
かのような文章が印象的でした。
メモを取っていないのでザックリとした覚えていないので端折りますが
このような感じの文章でした。

死を恐るのは、今が充実して幸せだからであり、今こうして独房にて執行を
待つ、何かと不自由の身では、死はたいして恐怖でもない。
無期刑の上に死刑があるのだが、無期刑であっても、わずかでも外に出られる
可能性があるならまだ救われるが、制限だらけの生活の中で希望の一つも
持てない時間を「いつお迎えが来るか?」と怯えながら過ごす事が死刑執行
よりもいいことなのか?と・・
自分が絞首台に上がることで、極刑を求める被害者家族が救われるなら
自分の身がどうなっても構わないが、本当にそれで救われるのでしょうか?
救われるかどうかは、その時になってみないとわからない。
また、死刑を自ら望んで執行された死刑囚は、本当の意味で懲罰に値するのか?
本人にとっては、死ぬことを許されず生かされ続けることのほうが「重い刑」
にならないのだろうか?
そのへんも含めて今一度、議論を尽くして欲しい。

みたいな感じだったかな?

裁判でもなかなか主張させてもらう機会もないせいか、メッセージ色の出た作品も
少なからずありました。
大半が死刑反対を主張するもので裁判のやり方に不満があるものが多い。
主張が聞き入れられず、判決に納得していない死刑囚が結構多いのが
その中でも唯一、100%納得できない絵がありました。

天秤棒の右の皿に「命」、左の皿に「罪」、真ん中の支点には絞首刑にされた
本人?死刑囚。
天秤棒は右に傾き、命の文字にO、罪の文字と死刑囚にはX、左側に「死刑反対」
の文字。
「罪より命の方が重いのだから、犯罪人とはいえ国が命を奪うのは反対」という
意味に私は取ったのですが、これには真っ向から反論したい。

私は、命ってのはビックリするぐらい軽いものだと考えます。
例えば駅のホームにいると、特急などもの凄いスピードで走ってきます。
ホンの数十センチ前に行き当たっただけで即死します。
車でもそうですし、数メートル上から飛び降りただけでも死んでしまいます。
そんな吹けば飛ぶような軽い命だからこそ尊重し、大切にすべきものであり
いかなる理由があろうと、一個人の私利私欲や感情にまかせて命を奪うことは
許されざることであり、それを破った罪人もまた自分の命を以て弁済・償う
ことも、やぶさかではない。
と考えます。

今一度、原点に戻って死刑制度の是非を問うてみられたらどうでしょうか?