もう3年も前になるんですね。
東京に行く用事のついでに前から行きたかった逸見神社
この時は、逸見について調べ始めた頃で何も資料もなく
系譜の写しのみをもっての参拝となりました。
たまたま、親戚(少し遠い分家)が長野県にいて、案内を申し出て
くれて、逸見神社、清光寺、谷戸城を周ることができました。
最初に清光寺へ
ここでは、逸見冠者清光のお墓へ行き
手を合わせてきました。
ここでお話を聞きたかったのですが、このような旅は初めてで
怖気づいてしまい何もできず退散してしまい、後々あのときに
お話を聞けたらなと後悔してます。
ちなみに、清光寺には私の祖先にあたる逸見和泉守清長という
戦国時代末期の者の位牌が納められているようです。
(このことは後々書いていきます)
親戚は逸見神社へのアポイントを取ってくれて
宮司さんともお話をすることができました。
ここでは、前に書いように
逸見光長は武田信義に殺害されたようであるとの情報を
聞きました。
色々個人情報があるので、他の逸見さんについては
教えてはもらえませんでしたが、
秩父の逸見は有義系であることだけは聞けました。
感覚的に光長直系の逸見はいないように思われていたよう
でした。
そして谷戸城へ
北杜市考古資料館から登っていきました。
谷戸城頂上
昔はここに八幡神社があったそうですが、
国指定の史跡になったことから逸見神社へ移されたそうです。
谷戸城の南西の搦手虎口には元々清光の墓があったそうです。
いまも、大楠の袂に小さな祠があり、一説には近づくと祟られるとか、
もしかしたら光長のお墓もあったのかもしれませんね。
系譜の整理が終わったら冊子にして、
逸見神社へ奉納しようと思っています。













