このブログを更新するのも、随分と久し振りである。
滞っている主な要因は、仕事が忙しい事と、ブログ用パソコンが壊れてしまい、残されたスマホからでは、文字が打ちづらくて、いまいちブログと向き合えない事。
今日、2020年2月8日は、珍しく会社からお休みを貰い、まったりとした午後を迎えられたので、更新する気になったと。
パソコンはWindows7のサービスが終了し、10を買おうと思っているが、もう少し後にはなるが、兎に角買い換える予定。
前置きが長くなったが、このブログを始めた一発目である、エピソード1の内容が私の記憶違いであることを、奈良に住む姉から指摘され、訂正を余儀無くされてしまうこととなった。
先ず、私の父親が3人兄弟と伝えた件だが、実は5人だったという事を、姉から聞かされた。
これは、60歳を過ぎて初めて知ったという、衝撃の事実である。その知らない2人は、戦死したとの事。それ以上の詳細は判らない。
次に、私が生まれて動き回り出した時期に柱に紐で繋がれていた件だが、これは私ではなく、姉だったという。
私はというと、母の背中に背負われて、母は私をおんぶしながら働いていたそうだ。
そして、姉はこんなことも言っていた。
いつも私が優遇され、姉はずっと疎外されていて、私の事が羨ましかったらしい。
そう言えば、良く母が「あんたはお姉ちゃんやろ!我慢しなさい」って、言ってた記憶が蘇ってきた。
つまりは、私は甘やかされて育ったというのが事実らしい(笑)。。。
いずれにせよ、もう 60年近くも前の出来事である。
人の記憶は曖昧、しかし、姉は冷遇られていたから、いつまでも負の記憶として、残っていたのだろう。
