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徒然なるままに

事件の概要

通州は、北平(現:北京市 )の東約12kmにあった通県(現:北京市通州区 北部)の中心都市で、冀東防共自治政府が置かれていた。また、北京議定書 に基づき、欧米列強同様に日本軍が邦人居留民保護の目的で駐留していた。

1937年 7月7日 に中国軍による駐留日本軍への銃撃に端を発した盧溝橋事件 が勃発し、まもなく停戦協定が結ばれたが、7月25日 に再び日本軍への銃撃事件が引き起こされ(廊坊事件 )、続く7月26日 にも日本軍への攻撃が繰り返された(広安門事件 )。

 7月29日、約3000人の冀東防共自治政府保安隊(中国人部隊)が、華北各地の日本軍留守部隊約110名と婦女子を含む日本人居留民約420名を襲撃し、約230名が虐殺された。これにより通州特務機関は全滅。


日本人の平均的倫理観から見て尋常ならざる殺害の状況強姦 され陰部にほうきを刺された女性の遺体、テーブルの上に並べられていた喫茶店の女子店員の生首、斬首後死姦された女性の遺体、腹から腸を取り出された遺体、針金 で鼻輪を通された子供など)が同盟通信 を通じて日本全国に報道されると、日本の対支感情は著しく悪化した。 これは、既に7月7日生じたあと現地で解決されていた日本軍と国民党の武力衝突につき、感情論に任せたなし崩し的戦線拡大を招いた。

近年ではこの事件に対する報道は日中両国で皆無であり、歴史の闇に消えようとしている。中国政府公式対外宣伝刊行物の『南京大虐殺写真集』の目次では『盧溝橋にて「北支事変」勃発、日本は華北を侵略する。日本軍は第二次上海事変を起こし、上海へ出兵する。』と述べており、この事件については一切触れられていない。

戦後、極東国際軍事裁判 (東京裁判)において、弁護団は通州事件について、外務省の公式声明を証拠として提出しようとしたが、ウェッブ 裁判長によって却下された。 ( wiki)



転載此処まで


大陸での戦いは、侵略ではなく、自衛のための戦いでした。