私は息子を育てるにあたって

目指している目的というものがあります。

それは、

この世に生まれてきてよかった、ということです。


ではこの世、息子が生まれた今の時代を生きるのに必要だと思われるのは何かというと


社会への適応力だというのです。


これはいま、『学校の「当たり前」をやめた。』(時々通信社)

『非常識な教え』(SBクリエイティブ)

『こどもが生きるために親ができること』(かんき出版)など様々な角度から教育について本を出されている

千代田区立麹町中学校長 工藤勇一先生の言葉です。


実際、社会に出てみると、学歴がその人の能力を示す物差しとして、あまり信用できないと誰しも痛感しているはずです。

それを踏まえて、では実際に


「社会で活躍できる能力とはどういうものなのか。」


これは私にとって、目的を達成するための

目標、または具体的な考え方になるのですが


工藤先生によると

定量化しづらい個人スキル「非認知スキル」と呼ばれるものなんだそうです。

因みに、定量化できるIQや偏差値を認知スキルと言います。


非認知スキルとは

・課題発見力や課題解決力

・試行錯誤を続ける力や挑戦意欲

・メタ認知力

・感情をコントロールする力

・人を動かし、巻き込む力(協働する力)

・ゼロから価値を生み出す力

・情報活用力


非認知スキルは、「社会人としての基礎能力」であり、もっと言えば「生きる知恵」そのものだと念を押されています。


工藤先生のように、学校の内部の方が

こういった考えをしっかりと持って

学校運営に取り組まれているというのは

頼もしい限りですが

私たち保護者の立場として

または、子どもに関わる全ての大人たちに

必要なことは、まず自分の中で人間像をしっかりと描くということだと思います。


どこに出しても恥ずかしくない人間に、といった言葉を昔から使われていましたが

もっと深く意味を掘り下げて考えると

どこに、というのは本来社会にだしても、という意味で使われているかと思うのですが


私はその中に、己、自分が己と相対した時に

恥ずかしくない人間かどうかを問うことが大切なのではないかと思うようになったのです。


まだ年若い子供たちには

少し小難しいことかもしれないと

感じるかもしれませんが、

よくよく観察していくと

個人個人で人間像を持つにあたっての

土台となるような行動を見てとることができます。

まず、子供というのは

美しいもの、正しいことが大好きです。

そのことに気付いて環境を整えてあげると

とても顕著にそのことが顕れます。

それこそ両足で直立する頃からです。

言葉を話す頃には、世界の全てのものに

生命を感じて(擬人化されて)物事を捉えます。

例をあげて言うと、

遊んだ後のおもちゃを、散らかしたままで!

と叱るのではなく

おうちに帰してあげようね、というと

子どもは素直に理解します。


小学、中学生の年頃になっても

美しいものや、正しいことを

彼らなりに追い求めているのです。

そして自分の拠り所を見つけようとしているのです。


はじめはそれが大人を模倣するところから

始まりますが、

自我が芽生えてくると、世の中の

特に身近な大人の言動をつぶさに観察するようになります。

間違っていると感じたり、人生を導いてくれるような出来事に出会ったりして

良くも悪くもその後の人生において重要なキーワードが刻印される、

ですから周りの大人も気を抜くことはできません。自分達の言動を俯瞰して学び続けるという姿勢を持つことがなにより子供たちへの教育となると、私は考えています。


もちろん、私たち大人も学び続けている立場ですから、失敗や未熟なところがでてきます。それも子供たちは見逃しはしません。

そしてその際に一番大事なのは、それに対しての大人の対応なんです。

誤魔化したりはまだしも、または子供のせいにするのは言語道断ですよね。

気を引き締めて子育てと、自分育てを並行して、せざるおえないことに気付くと思います。


子育てをするには、育てる側が

人間像を如何に持っているかというのが

とても大事なんです。

それは子供達がまだ持っていないものです。

どんな人間になりたいのか。

未熟な私達ですから、まだ人間として

完成された存在ではありません。

一生学びは続くでしょう。

でも、生きてきて

目指している人間像というものが

多少なりとも手応えくらいのものが

あると思います。

子どもを育てるにあたっては

それをしっかりと捉えておく必要があるのです。

あやふやなまま世に出回っている

教育論や、子育て方法などを試したところで

実行する大人の本性や経験によって

培われた人間性が抗ってしまうことでしょう。

子供は本当のことを知りたいのです。

ですから、世に出回っている何々論などは

参考程度にして、自分の中で練り上げたものを、本気の本物を伝えてあげようじゃありませんか。


前置きが随分と長くなってしまったのですが、

では修学旅行へ行くことについて

そこに何を目標に掲げているのかを

私も随分と迷いました。

学校を休ませることには躊躇しませんでしたが、

逆にそのことによって、学校へ行くこと自体の意味を、様々な側面において改めて考えさせられることになったのです。


ひとりでは到底答えが出せないので

いろいろな方から助言を求めました。

今、そしてこれから何を目指して

どう進めて行ったらいいのか。


無理はさせなくていい、という意見もありました。

不登校になるまで、子供自身はとても

辛かったはずです。

そしてその心の傷は、ちょっとやそっとでは

癒えるものではない。

そうやって何年も不登校になっている子供もたくさんいます。


息子も初めは、誰とも顔を合わせたくないし

話もしたくない状態でした。

人と関わることに疲れてしまった。

もう、あの緊張から解放されたい。

そこからのスタートでした。


1学期の途中から休みだして

だいたい2ヶ月弱の期間、

登校へ仕向けようとしていた学校側も

何度かの話し合い、専門家も入ってもらったりしながら対話をしていくうちに

息子の気持ちに理解を示してくれるようになりました。

今回は窓口になってくれた

教頭先生の存在がとても大きかったかと思います。

前述した麹町中学校長の工藤先生についても

ご存知で本来の学びをいつも模索されているような方で、だからこそ既存の常識に捉われずに受け止めてくださった気がしています。

これはほんとうに幸運としかいえません。


まずは学校内部に理解者を見つけること。

見つかればいいのですが、

学校関係者の中にでも、ひとりでも多く繋がれることが鍵になるかと思います。


もちろん今は、ホームスクーリングなどの方法もありますが

教頭先生との繋がりをまずは大切にして、そこから我が家なりのかたちを作っていけるのではないかと思ったのです。


そして、相談員の方にも

彼女は教員の経験もある、それ以上に

熱意でもって子供とも関わりや必要な知識を、彼女は本気ですから、その知識量は素晴らしくて

特に、先ほどの非認知スキルの中にもありました課題発見力や課題解決力がとても高い方でした。

彼女から言われた言葉で、いつも迷った時に思い出すようにしているんですが、


情緒の通級で学んでいることを

実際の生活の中で実践させてあげたい。

そして、その体験が成功体験であれば

きっと息子にとって貴重な体験となるのだ。


そうです、何のために情緒の通級に通わせているのか。

何のために学校を休ませたのか。

環境に合わなかったら合うところに変えるのも一案ですが、

まだ支援してくれる先生がいて、

出来る限りのことをしようと頑張っている私が付いていて

相談員の彼女もいる、もちろん担任の先生達も理解をし始めている。

息子の特性を受け入れようとしてくれているクラスメイトの子供達もそうです。

この状況で、息子の背中を押さない理由はどこにもありません。


あくまでも息子の気持ちに寄り添いながら

気が遠くなる作業ですが

辛かったね、と共感するところも残しつつ

大丈夫だよ、と励ましたり(言葉ではなくて)

人と関わる環境(機会)を整えてあげようと迷う度に思い直すのです。



話を修学旅行に戻しますが、

正直なところ、息子の場合は行くとなったら

親にはついてきて欲しくないと言うだろうと思ってはいましたが

学校が宿をとったホテルから

目と鼻の先のところにある旅館を

急遽手配していました。


どうやっても一緒に行くのは難しそうだ

と分かった時、キャンセルしようかと思いましたが、教頭先生のふとした一言から

学校のみんなとは別々にはなるけれど

同じ場所を観光して回ってみようかという話になり、息子もその気にさせて

旅館に親子で泊まれるようにお願いして

旅行会社の方がまたよくしてくださって

先方の旅館の社長さんに掛け合ってくれました。

決まった夜、行き帰りに使う電車を

WEBサイトで特急電車の予約をしました。

電車の旅だよ、というと

電車好きな息子もテンションが上がったようで

旅行の準備をなんとなくしだしました。


翌朝、教頭先生にそのことを報告すると

えぇ!と驚かれていたんですが

(え?先生が仰ってたから。私もいいと思って決めたんですよ?と私。)

それが旅行の前日のことです。笑

なんてドタバタな日常なことだろう。

不登校以来、ほぼ毎日こんな感じです。笑


どんな感じで、と当日の行程に興味を持ってくださったので

私も特にそれ以上のことは何も考えず、

予約した電車や現地でまわる行先など

考えた予定を書いてお渡ししました。



続きます。