物事の見え方が、人と場合によっては

違って見えるということを

私達は生きているうちに

知るようになります


また、自分の言った言葉が

受け取る方の解釈や

その状況によって

違ってしまうことも。


そんなつもりじゃなかったのに

誤解が晴れないまま

終わってしまうといったことは

誰しも経験したことがあるでしょう


そういった

すれ違いや、行き違いは

必ずあるのです。ないということは

あり得ないんです。

このことについては

全くもって断言できる事なので

安心して欲しいのです。


承認欲求や、

集団の圧力(集団の中で多数の方につい従ってしまう)

といった心理学的にも

心のくせといったものが私たちは持っていて


人は誰かと同じでありたいとか

それが嬉しいと感じることはあります。


SNSでも、「いいね!」やシェアなど

のアクションがありますね。

された側はまず嬉しくなくはないんです。

因みに私の場合、

この「いいね!」は''good''''nice''''cool''

などの評価的な意味合いは薄くて

(あとsexyでしたっけ?笑)


あえて言うなら、''yes''に近い感覚なんです。

宗教的なもの、政治や思想的なものには

さすがに控えせてもらいますが

その他のだいたいについては

''yes''が当てはまります。


いいか、どうかなのではなく

その人がどうゆう想いで投稿したかと思うと

既読スルーより''yes''、といいたくなるんです。

私は変わっているかもしれませんし

人それぞれだとは思いますが、

人は、自分も含めてベストを尽くしている

そこからスタートすると

世の中の見え方がだいぶ変わってくるのは

間違いないと思うのです。


でも、いろんな価値観や事情が

人それぞれある。

承知していても、すれ違うことが

起きてしまうんです。


私はそんな時、どちらの側の立場であっても

違いがあることを承知している、

その次のアクションにフェーズを

移していきたいんです。


どうするかというと、

違うな、と我慢ができなくなって

なにそれ分からないよ、と言って

そこから離れてしまう前に

相手を待ってみるんです。


ただ待つだけではありません。

そうして、自分の中でモヤモヤしている

事柄を一旦、横に置いておいて

相手のことを自分なりに

その立場になって考えてみるんです。


経験があればあるほど、

想定する項目は多いことは多いでしょう。

でも、相手のことを待ってみる。

このことを、皆さんにも是非

試みていただきたいのです。


簡単なことではありせん。

嫌な事をされた側の自分の感情を抑えたり

今までの経験からどうしても承服しかねない

といったこともあると思います。

そんな時は自分がもし、嫌な事をするつもりはなかった、誤解された側であったら

どうだろうか、と想像します。

その経験もあるはずです。

誤解を解きたかった、本当は分かってもらいたかった


それを私がまた、今度はする側になるのか

また、そんな私を子どもに見せるのか

(子どもはいつも見ていますから)

できますか、どうでしょうか。

考えてみてください。


待つことができて、

相手のことを思いやりながら

違いをそのまま丁寧に扱いながら

想像力を働かせていると

どうしたらいいのかがふっと出てきます。

そうしたら、チャンスを待つ。

そしてその時がきたら

勇気を持ってチャレンジです。

失敗するかもしれませんが、

やってみないことには分かりません。

自分、そして相手を信じてみたことに

多分後悔はしない、と私は思っています。


孤独な闘いにはなりますが、

それしかないと思っているのです。

チャレンジは終わりがありませんが

それが生きていくということなのかな

そうも思えてきたのです。



息子の通っている学校は

ほぼ私の地元で、修学旅行の場所も

私が子供の頃と変わっておらず

昔とシンクロしまくって

なんだか不思議な気持ちになっていました。


私が来た時は曇っていて

景色もあまり良く見えなかったことを

憶えているのですが、

その日は珍しく台風の合間の晴天で

(本当にその2日間だけもったのです)

子どもの頃の思い出を取り返すように

楽しく観光することができました。


改めて見るとでも、子供の頃と今とでは

同じ景色を見ても感じ方が変わっているのが分かりました。

ただただ綺麗ではあるのですが、

なんていうかパワフルであったり

感謝であったり、気持ちは深く複雑に

私の心は揺さぶられました。


自然はこうやって変わらず

私たちを待っていてくれる。

そんな風にも思えました。


息子も相変わらず、いいなぁ

自然っていいなぁ。を言っていて

来れてよかった、といった風でした。

こういった観光場所に通っている

大きな路線バスにも興味津々でした。

後で感想を新聞に纏めたんですが、

このバスと路線図を書いたぐらいです。

面白いですよね。

同じ場所に行っていても

興味の持ち方はほんと、人それぞれ。

もちろん、子どもにこれは?あれは?

とは言いません。

バスでも電車のトイレでも構わない。

あなたはあなたでいいんだよ、

つまりは''yes''です。


私が息子に伝えたいことは

結局、そのことなんです。


夕方早めに旅館について

荷物を解いてから

旅館の一階にあるカフェでお茶をして

なんとなく、近くに足湯があるから

いかない?と誘ってみました。

実は、クラスの子達もそろそろ

そこの足湯に寄るはずで

そこで合流できたら、とちょっと企ててみたのです。

どうなることやら。



今日も長くお付き合いくださり

ありがとうございます。

いい一日を。