今日は運動がてら読谷村の名所旧跡を訪ねることにした

 

道順からして最初は阿麻和利の墓を訪ねた

 

何故、阿麻和利の墓が読谷村にあるのだろうかと疑問を感じながら説明文を読んでみた

 

阿麻和利は嘉手納町屋良の出身のようだ

 

勝連城が中山によって滅ぼされたとき、阿麻和利は出身地の屋良に逃げた

 

しかし、そこも攻められて読谷に逃げ、そこで最後を遂げたのではないかと言われていると言う

 

そうであれば墓が読谷村にあることもうなずける

 

 

次に行ったのが赤犬子宮である

 

 

赤犬子というのは人の名前であるが、名前の由来は読谷村の資料を見る限り複雑で長くなるから省くとして、赤犬子は琉球音楽の世界では唄・三線人の始祖としてとして信仰されている

 

次はこれまで何回と訪れている座喜味城跡であるが

 

 

道を間違えて北側の裏手に着いてしまった

 

 

裏手から正面には、車では一方通行であり相当大回りしないといけない

 

仕方ないので徒歩でいくことにした

 

それが、私には幸いした

 

なんと、初めてキビタキに遭遇したのだ

 

 

キビタキは近づくと逃げはするが遠くへは行かない

 

暫し、キビタキを観察して楽しむことができた

 

また、シジュウカラも観察できた

 

 

シジュウカラはヒナが孵っているようだ

 

何度も虫を捕らえては同じ方向へ飛んで行った

 

また、ビンズイが4,5羽でエサをついばんでいた

 

 

 

城壁を見る前に木の道の散歩道を歩くことにした

 

林の中の木の階段は上り下りで約800歩数であった

 

上りの階段は少々きついが、林の中を散策するのは気持ちのいいもだった

 

 

今日は、歴史の勉強ができ、野鳥の観察ができ、美味しい空気を吸いながら運動ができ、充実した一日となった