7/30 エスプレッソと上野動物園 | simablo9

7/30 エスプレッソと上野動物園

ガクガクブルブル。その時僕はまるで本当に膝からそんな音が聞こえてくるような錯覚を覚えた。

普段の僕は基本的に無口な時が多いです。よく知ってる人の前ではどちらかと言うとおしゃべりな方になるかもしれませんが、基本的には僕は無口な部類に入ると思います。

その理由として友達が少ないという事もあるのですが、僕は基本的に人間嫌いなので出来る限り無駄な人との繋がりは作りたくないと考えているからだと自覚しています。

以前にも書いたかもしれませんが、僕がこんな風に人付き合いを面倒だと思うようになったのは幼少の頃、頻繁に転校を繰り返していた時期からでしょうか。友達なんて作ってもどうせまた転校だしな。最初はそんな気持ちになっていたものの、僕は段々1人でいる時の方が楽だと思うようになっていたんです。

その考えは今でこそ多少の落ち着きを見せてはいますが、やはり誰とも深入りしたくないという気持ちに変わりなんてありません。うん。ここ最近は仕事で必要に迫られない限り携帯番号交換もしてないもんな。

「人は1人では生きていけない。」なんて言葉を耳にしたことがあります。この言葉はとても深く、人間が生きていく為には誰かの力を借りなければ生きてはいけない。どんなに強がっていても人は誰かと寄り添っていなければ生きていけないものなんだ。という意味も含め、多くの意味が込められているのだと思います。

ただ僕もそれなりの世捨て人、トロージャンの狼なんて呼ばれてるくらいの豪傑です。誰に影響される事も無く、そして誰にも屈する事も無い男の中の漢。僕を打ち負かす事なんて出来ない、そして誰も僕を止める事なんて出来ないんです。

なんて事を1人で考えて自分に酔いしれたりしてるんですよ。もうね、時々そんな風に妄想していた事に冷静に気付いたりするんですけどその度に僕は何て寂しく、それでいて腐った人生なんだろうと思ったりします。

本音を言うと僕は友達が欲しい!でも1人の時間は絶対に無いと嫌という何とも無いものねだりな我侭としか言い様が無い願望を持っているのかもしれません。

でもね、そんな事を考えていた時に僕は冒頭に書いたような状態になってしまったんですよ。もう震撼した。性格に言うと僕はその場から1歩も動けないくらいの恐怖を感じていたんです。

数年前の話です。

僕は一昔前、何かを大きく間違えてしまっていたようで喫茶店にハマってしまった時があったんです。紳士たるものやはり喫茶店でクールにコーシーを楽しむものさ!なんて勘違いをしていたんです。

文庫本を手に店内に入る僕、いつもと同じエスプレッソをオーダーしていつものテーブルに座ります。いつもと同じ常連客、いつもと同じ風景がそこには広がっています。颯爽と、それでいて華麗に読書をしている僕は、それはそれはアーバンな紳士だったのではないでしょうか。

でもね、やっぱり僕なんてただの庶民ですよ。喫茶店のコーシーって美味しいんですけどやっぱり少し高いじゃないですか。僕はそんな自分に酔いしれていたのですが日に日に財力が足りない事に気付いていくのです。

ところが当時週に3回位通っていたからかもしれませんが、そのお店の新しい常連になりつつあった僕にマスターからオマケとしておかわりをくれたんですよ。

「今日は雨だからかな?お客さん少ないね。」

そう言うとそっと僕にいつものエスプレッソを差し出すんです。僕はこの時とにかく嬉しかった。やっと自分も認められた、これで僕もアーバンな紳士の仲間入りだ!

僕はその日を境に今まで以上にそのお店に入り浸るようになるんです。友達のいない僕はそのお店にいる時間がとにかく楽しかったし、下手したら自分の部屋にいる時よりも落ち着く場所だったかもしれない。

毎日のように通う内に常連さんとも時々口を交わしたりウェイトレスの女の子とも仲良くなったりと、それはそれはもしかしたらこれが友達って奴なのかな、なんて感覚すら覚える時もありました。

あの頃の僕はどうかしてた。なんて、今となってはよく分かるんですけど当時の僕は全然気付いてないんですよ。なんかね、見っとも無い話なんですけどそのお店のウェイトレス、大学生のバイトの女の子がいたんですけど、そのお店のバイトの子達の中でも一際輝いていた子がいたんですよ。

その子は今思うとそこまでカワイイって感じでもなく、でもあの日あの時あの場所であの瞬間だけは一番かわいかったんです。常連達もその子がいる日を狙って来てる奴とかいましたからね。

当初の僕はそんな女の子になんて全然興味も無かったんです。何せコーシーを飲む自分の姿に酔いしれる為だけにお店に足を運んでいたようなクサレでしたから。でもね、皆が皆そんな感じだとふと自分も流されてしまってそんな気持ちになってしまうものなんですよ。いや、今の僕なら絶対にそんな事にはなるわけが無いんですけど当時の僕は若かった。うん。もう情けないくらいにその子に夢中になっていったもんな。

ただ情けないったらありゃしないんですけどそこは当時からトロージャンの狼だとかコマンドーだとか言われてきた僕ですよ。なんかね、ちょっと自分が周りに流されて熱くなってきてるんじゃないかって薄々気付いてたんです。

でもやっとこさ手にした紳士の称号を僕は失いたくなかったんでしょうね。薄々感付いてはいたけど無理矢理考えないようにして相変わらずその子に夢中になろうと頑張っていました。

でもやっぱり僕なんてその頃から路地裏の少年でしたからね。結構生活を圧迫しながらコーシーを飲んでいたくらいなので他の人達のようにに自分をアピールなんて出来なかった。その子をどこかに誘ったりとか、実際誘えたとしてもデート代すら捻出出来るはずも無かったんですよ。

でも僕は果敢に誘おうとしていました。もしあの当時その子を口説く事が出来たらきっとあのお店での常連としての僕の立場はグーンとアップするはずだったからです。

そしてある日僕はその子を誘ってみたんですよ。それはまるで紳士のように、シュッとした感じだったのでもうそれを見た一般の女子はたぶん濡れてたんじゃないかな。

「ボ、ボクと一緒に上野動物園に行きましぇんか?」

ちょっと噛んだりしてたけど、それはそれは僕の中で1、2を争うくらいの男前スマイルですよ。もうこれ以上に無いくらいに爽やかでしたからね。その子も最初は冗談だと思ってたのか

「ホントですかぁ?上野動物園って行った事無いんですよぉ。面白そうですねぇ(笑)」

なんかね、僕はその時に気付いたんですけどそういうリアクションを求めていた訳じゃなかったみたいなんですよ。その子には失礼な話ですけどかなりの感覚でネタ、絶対に断られると思っていたので僕はもうすっとんきょうな顔をしているしか出来なかった。

そんな感じで僕は不本意ながらそのウェイトレスとのデートにまで漕ぎ着けちゃったみたいなんです。その時は自分から誘っておきながらちょっとうろたえてた。もしかしたらちょっとオシッコ出てたかもしれない。

僕はまず考えました。まずどうやってデート代を捻出しようか、そして誘ってはみたもののいつ行けば良いのやら。う~ん。考え始めたらキリが無い。

なんかこんな事言うとまた腐った人間だと思われそうなんですけど、正直言うと僕は段々考える事が、そしてデート自体も面倒になってきちゃったんですよ。

もうね、完全にカス人間だとしか言い様が無い。だって自分からやや強引に女の子を誘っておきながらですよ。奇跡的にOKなんて貰えて普通ならそこで大喜びしても良いじゃないですか。でも僕はやっぱり戦場の狼ですよ。もう腐り切ってるとしか思えない。

でもやっぱり色々と考えてここで「やっぱりやめよう。」なんて事は言う勇気が無かったんです。この頃の僕はちょっぴりチキンハートなところがありましたからね。まあ面倒だけどあの喫茶店に行けなくなるのも嫌だし無難に行っとくかー!なんて考えていました。

次の日に僕はいつものように行きつけのその店に行ったんです。そしたらね、もう震撼した。全米が涙したんじゃないかってくらいにビックリしたんですけど

なんかね、化粧が分厚くなってんの。

常連客達みんなのアイドルみたいなウェイトレス。その子は特別カワイイわけではなかったけど素朴な感じが魅力の美少女って感じだったんですよ。それが慣れない化粧だか何だかでもう平安美人みたいになってやがるんです。もう凄く無理してる感があったもの。

唖然としながらも店の中に入って行くと、その子ときたらもう満面の笑みで僕を迎えてくれるんですよ。そして小さなメモを僕に差し出しこう言うんです。

「これ、私の携帯です。お店で話すの恥ずかしいから電話で打ち合わせましょ(はぁと)」

ここで冒頭の、ガクガクブルブル。その時僕はまるで本当に膝からそんな音が聞こえてくるような錯覚を覚えたんです。

もう僕はとにかく怒りが込み上げてきちゃいましてね。その生娘の胸倉を両の手で掴んだかと思った次の瞬間に千切っては投げ千切っては投げ、もう店内はお祭り騒ぎの乱痴気騒ぎで大変な事になんてなるはずもなく僕は膝をガクガクさせたままその場を走って立ち去りました。

当然その後その子の携帯に電話する事も無く、僕はその日を境にその喫茶店に行く事をやめました。

僕ってやっぱり究極に最低最悪の面倒臭がりなんですよ。人として間違ってるとかそういう問題ではありません。もう遥かそれ以前の問題で、人と接する事を許されないという烙印を押されたクズ人間なんですよ。この頃から僕は無駄な人との付き合いを一切遮断するようになりました。

数年後、仕事の付き合いで上司に連れて行かれたキャバクラでキャバ嬢になり腐っていたその喫茶店で働いていた子に偶然会った時はもう心臓止まるかと思った。僕の事なんて全く覚えてなかったみたいだったけど。

奇しくもそのキャバクラは上野動物園近くの寂れた店でした。まさかあの日からこの子は彷徨って…なんて事を心の中でつぶやいたのは言うまでもありません。