7/11 散歩道と絶望
小さな幸せって誰にでもあると思う。
僕の職場っていうのが東京は新宿の歌舞伎町なんていうとんでもないマッドシティにあるんですけど、僕の家がまあそこから途方も無いくらいに遠い所にあるんです。片道30~40分くらいの距離をバイクですっ飛ばして毎日通っています。キックエンドダッシュ!みたいな感じで。
最初はそりゃあもう辛かった。今でこそ華麗としか言いようが無いくらいにスピーディ、ヴァレンティーノ・ロッシも真っ青なくらいに早いんですけど、最初通いだした時なんてもう1時間以上はかかってましたからね。もう会社に着くだけでヘロヘロ、来たばかりなのに既に帰りたいという体たらくぶりでした。
でも人ってそんな状況でも慣れてしまうもの。しかも過酷としか言いようが無かった通勤時を徐々に楽しもうと色々と工夫するようになってくるんです。
新しい道を見つけて迷いながら帰ったり、最短タイムを出すべく超高速で帰ったり、そして今は散歩がてら帰り道の途中にあるコンビニに立ち寄る事が楽しくて仕方ない、もうたまらんわけですよ。
例えばとあるam.pmでは、まるで場末のスーパーのように時期外れ商品が半額以下で売ってたりして、しかもそこの平日の午前中にはもうド変態としか思えないくらいエロそうな人妻店員とかいるんです。今日は一体どれくらいエロそうな顔していることやら…。どうです?楽しいでしょ?
またとあるセブンイレブン、こちらは通りに面して駐車場まで用意してるもんだからまあ結構繁盛してます。初老の紳士、というよりはもうくしゃおじさんみたいなおじいが経営者なんですけど、とにかく何故かそこの店員はケバいんです。おじいの趣味か分からないけどとにかくケバい!もう顔なんて物凄い小規模な地層みたいな化粧なんです!
そんな中で特に僕がひいきしているのが推定25歳フリーターの佐藤。もうね。佐藤は他の店員よりもかなり長いんですけどとにかく凄いんですよ。何が凄いかって、彼氏がいる時といない時のギャップがとにかく凄い。薬指に指輪がある時期と無い時期とで明らかに別人のように顔も接客態度も違うの。
普通そういう事ってあってはいけないじゃないですか?客商売をしている以上「お客様は神様です」とまではいかなくともどんなお客さんが来ても同等のサービスを提供しなければいけないんです。それが接客業のプロとしての最低限のルールです。とは言ってもコンビニ店員なんて今や苦学生か世捨て人しかやってないですけどね。
とまあそんな世捨て人の佐藤は今はどうやら彼氏がいるんですけどとにかく凄い。地層のようになったファンデーション、ほっぺたなんて、もうお前は御坊家の人なんじゃないかってくらいに真ん丸に真っ赤ですからね。香水のオシャレな香りを漂わせてもうフェロモン出っぱなし、もうオッパイがコンビニ店員をしているようなものなんですよ。そう、薬指にゴールドのリングをしながらね。
しかし佐藤もそれなりの世捨て人、いつまでも幸せが続くほど世の中甘くはありません。リングを外した佐藤ときたらとにかく酷いんです。化粧は適当で福笑いの人みたいになってるし、髪なんてもうレゲエのおじさんみたいないなってますからね。しかもコンビニの制服ってそう滅多に洗わないものなのか、香水をしてない佐藤は何だか犬小屋みたいな匂いがするんです。うん。超くせー。
まあ今は彼氏がいるもんだから「いつものケバい佐藤だなー」くらいにしか思ってなかったんですけど、なんか最近のネイルって言うんですかね?まるでネコむすめみたいに長い爪に変な貴金属みたいな物まで付けてチャラチャラしてるんですよ。「へー。最近はこういうのが女子の間で受けてるんだな」なんて何とも思っていませんでした。
そこでね。ちょっと小腹が減っていた僕は珍しく仕事の帰りに「からあげ棒」っていう惣菜みたいなのを買って食べようと思ったんですよ。しかもちょっとした連勤で疲れていたので何を思ったか「リポビタンD」まで買っちゃうセレブらしい暴挙に出たんです。そう、それが全ての悲劇の始まりでした。
僕なんて本当にカスみたいな人間ですよ。給料日前でお金も無いのに買い食いですからね。もう煩悩の塊、我慢する事を知らない坊やみたいだった。まあレジまでリポDを持って行って佐藤に手渡し「あ、あとからあげ棒を」と言ってお会計しました。そしたらね、佐藤ったら慣れない爪の貴金属が袋に引っ掛かっちゃったみたいなんですよ。うん。ちょっとムリヤリ引っ張って小さく穴空いてたもんな。
明らかにそれに気付いていたのに全然気付いていないフリをしてそのまま僕に手渡してきました。でもまあそんな事で腹を立てるほど僕も子供ではありません。そこは紳士的に「どうも」なんて言って華麗に立ち去りました。もうね。もし佐藤に今彼氏がいなかったら僕に惚れてたんじゃないかな?「クールだわ。あの人よく来るけど恋人とかいるのかしら?ううんバカバカ。あんな素敵な人に彼女がいないわけ無いじゃない。そう、きっと深津絵里みたいなカワイイ彼女がいるに違いないわ。いいなぁその子。もぅ。胸が苦しいよぅ。」とか思っていたはず。
そんな気持ちには勿論気付いているけど、でも現代に蘇ったサムライとか言われるくらいの僕ですよ。もう店を出た時にはからあげの事で頭がいっぱい。下手したらヨダレ垂らしてたかもしれないですからね。コンビニ袋をバイクのハンドルに引っ掛けてもう一目散に家まですっ飛ばしました。
家に着き「さー食べちゃうぞー!」なんて言いながら袋の中を見ると、
無いんですよ…。
うん。からあげどころかリポDも無かった。袋の中は空っぽ。虚しく切れ目が入って大きな穴が空いちゃってる袋だけしか無いの。「バカなー!」
もうお分かりだと思います。そうです。佐藤の爪に引っ掛かり小さな穴が空いてしまった袋は僕の音速にも近いスピードの運転の衝撃に耐え切れずに大きく穴が広がってしまったんでしょうね。そこからからあげもリポDも…。たまに贅沢しようとするとこれですよ。そのまま僕は空腹に耐え切れずに涙しながら無理矢理寝ました。
こんな風に僕は長い帰り道を極上の時間にするべく今日も帰りにコンビニに寄るでしょう。そう、佐藤の顔を見にね。早く今の彼氏と別れねーかなー。そして僕と付き合ってくれないかなーなんて思いを胸に…。