ずっとブログを怠っていた。
最後まで書き終える前に、寝てしまったり、想うことが沢山でなにを書けば良いかわかんなかったり、ここに綴るより想いを相手に伝えようみたいなことが多かったり…。
てな感じで、今は気仙沼にいる。そしてこんな時間に更新ということは、寝れないからである。眠気は襲ってくるが、いざ眠りに落ちる瞬間に突如心臓がバクバクしてくるのだ。で、いっきに目が覚めちゃう。これ、たまにあるのだが、今日は何度もそれを繰り返してる。それに加え、今日は寝たと思ったら変な夢を見て、目が覚めちゃった。それをTwitterでつぶやいたら、ある方がたった今、無理にコントールしなくても良いよというような内容のメールをくれた。他人にそう言ってもらえらると、なんかホッとして、無理に寝ることを諦め、心を静めるために、ブログを書いている。
気仙沼は、思っていたより普通に動いているなというのが第一印象。沿岸部は、もちろんもう跡形も以前の町並はないけれど、支社や社員、代理店さん、支社やホテルの周りの街は、わりと普通。昨日までそんな感想だった。ただ、話を聞くと、決してそんなことはなかった。深い深い悲しみが広がってて、こんな普通に見える日常に至るまで、想像を越える苦労があったことが伺える。そして本当のところは、普通なんかじゃまだまだない。
大学生のとき、気仙沼のホテル磯村という旅館に泊まった。半年間、気仙沼実習があって、いつも日帰りで通っていたけど、最後の発表会のときにみんなで一泊した。夕飯が本当に美味しかったことをすごく覚えている。夜の飲み会は、先生がお酒を差し入れしてくれて、旅館からおいしい馬糞うにが振る舞われた。みんなで朝まで語り明かして、帰りの金菱先生の車で爆睡した。
そのホテル磯村は、建物はあったけど、見るも無惨な姿だったよ。それを見たら、あの大学生の頃の一泊がいっきに蘇ってきた。
あの発表会の日、市役所で行ったため私たちの発表を一般の市民の方、商店街の方々も多数聞きにきてくれた。私たちの発表は、半年間それぞれのグループで調べた気仙沼(の中でももっと地域や地区を絞って)の伝統とか文化とか風習とかについての発表だった。「それを踏まえて、明日の気仙沼を考えてほしい。今の気仙沼をどうしたら良いと思う?若い人の意見を聞かせてほしい。」質疑応答の時間に多くの人から出た言葉だった。なにも応えられず、なんとも不甲斐ない思いになった。
今もその時に似た気持ち。不甲斐ない。
できることを探そう。できることを、していこう。そう唱えている。
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