2011年3月11日

あの日、俺らはBoobie Trapとの2マン当日で横須賀かぼちゃ屋へ向かうところだった。

横浜市内の自宅でものすごい揺れを感じ焦って外へ出ると、近所のひともみんな道路に飛び出してきていて

『あぁ、被災したんだ』

と直感的に思った。

嘘だろって思いながら家に戻りTVをつけると、横浜をはるかに超える震度を知らせるマークで東北地方が真っ赤になっていた。

わけもわからないままメンバーが合流し、かぼちゃ屋へ出発


信号は全て消えているし、そこらじゅう全道路が渋滞。

携帯はつながらないし、移動もできないので途中のコンビニに寄ると
電気がつかず溢れかえる客に値段を聞きながら電卓でレジする店員

やっとこさBoobie Trap、かぼちゃ屋と連絡がつき開催延期を決定。

そこから更に数時間かけて家へ戻る。

TVに映った、燃え上がる気仙沼の映像に愕然とした。



これが、俺の東日本大震災。



同様に一億三千万通りの、海外を含めればもっとたくさんの、それぞれが感じた東日本大震災がある。


この日亡くなってしまった人も
生き延びた人も
少し違った一日だった人も
生活が180°変わってしまった人も
いつも通りの一日だった人も
この日生まれた子も
離れ離れになった二人も
より強く寄り添った二人もいる

そんな中で、だ。


現実問題、全ての国民が毎日震災のことを考えて生きているわけではない。

生きれるわけがない。

俺だって、東京や、大阪、名古屋、福岡、札幌、その他もろもろ

東北地方以外でライブをやる時は、正直いって基本的に震災のことは特に考えていない。

もちろん、なんの関係もない日、土地のライブでもそれを話し、思い出させるのも大事なことだと思うけど

俺はライブを通してフラストレーションを発散し、ライブハウスからは笑顔で帰って欲しいという考えの下SiMというバンドをやっている。

だから、ライブハウス大作戦のチャリティで缶バッジを出したときもその旨は何も告知しなかった。MCでもほとんど震災に触れてはいない。

だからといって

『SiMのやり方が正解だ!』

とは全然思わなくて
バンドごとの考え方、やり方があって

もっとストレートに発信し続けているバンド
実際にライブ以外でも被災地にいってボランティア活動をしているバンド
なにも触れず、いつも通りの活動をするバンド


全てが、必要なんだと思う。


忘れたいやつも、思い出すことで奮い立つやつもいるからさ。正解とか間違いとかないじゃない。


でね。


この時期になると、
自分の理想論を振りかざして
他人の行動を馬鹿にしたり
なぜかわかんないけど被災地への想いを他人への怒りに変えてしまう人をよく見かける。


そういうのって違うんじゃないかな。


『俺はこう思う、だからこう行動する。』


それでいいじゃん。って思う。


『俺はこう思う、だからお前は間違ってる』


これは乱暴すぎるよ。


黙祷ってのはさ

一億三千万通りの毎日の中で、きっかけはどうあれ一年のうち一日、一瞬でもあの日のことを思い出して心を一つにすることこそが大事なんだと思う。

毎日震災のこと考えてるやつが正しいとか、ツイートでハッと思い出していろいろ考えるやつが軽いとか


そういうんじゃないよ。


理由やきっかけは何だっていいと思う。



生き方も、考えも十人十色。
そんな世界で、見ず知らずの誰かのために心を一つにする
それが大事。


それを常日頃から訴え続ける者
苦しい思い出を忘れさせてあげようとする者
変えようとする者
変化を望まない者

それぞれが正しいと思ったことをやればいいと思う。

統一する必要なんてない。

俺は、このブログを書き、14:46になったら、黙祷する。
あとは、なるべく普通に生活する。

君はどうする?

君が、正しいと思うことをやればいいよ。