母が死んだ
母が死んだ 2


 先におじさんの母親が死んだことを書いた。一度も一緒に生活したことがない母親ではあったが、その時はいくぶん感傷的になっていたせいか、今読み返せば、兄弟の事をやさしく育ったなどと美化して書いている。


 当然、人が亡くなれば、相続が発生する。たいてい幾ばくかの現金がどこかの銀行に残っていて、法的にはそれを出すにも相続人全員の印鑑が要る。そこで、一円たりとも相続する気はないということと、いつでも印鑑は押すということを、兄には伝えておいた。


有斐閣HPより





 半年過ぎても何の連絡もないので、遺産がなかったか、おじさんの印鑑無しでもうまく(?)いったのだなと思っていた。その後、母の事などまるで忘れていたところ、兄妹で裁判をしていた事が、ある書類から判明した。その書類というのは、妹からの700万円に少し切れる額の金銭を、おじさんに支払えと言う内容証明である。それとは別便で来ていた判決のコピーを読むと、なかなか面白いストーリーになっていた。


 尚、以下記す事は送られてきた訴状及び判決の写しと、兄から聞いた話を総合したものだということをお断りしておく。


 母の夫(おじさんとは何の関係もない男)の相続の際、その男が晩年、貸し借りという名目で女にだまし取られた金銭もプラスの相続財産と認定され、事実上、現金がないのに相続税を支払わなければならなかったらしい。その上、経営する会社も借金で酷いことになっていたらしい。


 男が死ぬ前、というよりかなり前から、兄がその会社を事実上、経営していたそうだが、会社を潰すと、妹一家と母が住んでいる家も抵当に入っているため、競売に掛けられ路頭に迷うことになる。そこで最も相続税の安くなる配偶者(母)がすべて相続する方法を選択したらしいが、幾ら事情を説明しても妹が協力しなかったようだ。


 というのも、妹の旦那というのが、40の頃から仕事もせず昼間から家で酒を呑んでいるような〝立派〟な男だそうで、兄が上手く言いくるめて会社を乗っ取り、財産を独り占めしようとしていると勘ぐったようだ。言い忘れたが、兄は養子縁組をして男の相続人になっていた。


 だから母と男の間に生まれた妹が正当(?)な相続人であると考えたとしても致し方ない面もある。男にはほかにも先妻との間に娘がおり、家出して行方が分からなかったそうだが、ずっとアンテナを張っていたのか、死んだ後、先方から連絡があり、こちらの方もなかなか立派な亭主をお持ちだったようで、いかにも筋者っぽい亭主が交渉に来て、そこそこの金銭を支払って印鑑を貰ったそうだ。


 いずれにしても、被相続人本人が金は持って死ねないと思ったのか、あとは野となれ山となれと、現金をありとあらゆる所から引き出し、回収不能の不良債権をつくるという立派な最期をお遂げになったようで、その男の血を引いた娘二人も、なかなか立派な考えをお持ちの人間に成長していた模様である。


 不良債権は貸付金として遺産に算入される。そんなことから、税理士の発案で、便宜、母と兄が幾ばくかのお金を分割で払うという念書を妹に差し入れ、相続を済まそうとしたようだ。税理士の考えでは、今すぐに理解できなくても、じっくり説明すれば最善の方法であることは理解できるはずだということだったらしい。つまり念書をゆっくりと無効にするという腹づもりだったようだ。


 しかし、母自体も理解は十分ではなかったらしく、その事を説明することもなく、死んでしまった。おじさんに言わせれば、そうなるであろうことはほぼ予想できることなのだから、全力を挙げて理解にさせるべく努めなければならなかったはずだが、そうはしなかった。


 実質、働きもしない夫を持つ妹一家が生活できたのは、その土地建物の固定資産税を兄が負担し、電気・水道・ガス料金を兄が払い続け、米も毎月届けていたかららしい。他の食費等は母の死んだ夫が戦争に行っていたおかげで、軍事恩給が出ていたのと、母の年金とで賄っていたようだ。


 おおよそお察しのとおり、今回の訴訟はその約束の金銭を貰っていないとの理由で、妹が兄を相手取り起こしていた。結局、裁判では如何なる理由があったにしろ、約束は約束だとして、母の支払うべき金銭が確定し、一緒に署名した兄は念書の金銭を支払う義務はないと確定した。

続く