今日、書くことは不愉快に思われる方も多いだろう。おかしい狂っていると思われた方はすぐに読むのを止めていただきたい。
さて、朝日新聞の慰安婦問題検証記事や先に投稿した文藝春秋に掲載された朝日OBの若宮啓文氏の論調を見ていると、慰安婦が絶対的に人権を侵害された奴隷のような存在だという前提で議論が展開されている。
総じて言えることだが、所謂左翼的人士の議論は浅く深みがないのが特徴である。まず、人生がそれほど思い通りになるのかと聞きたい。朝日の記者達は頭が良く学業にも優れ、就職も一流の新聞社という企業に採用され、おおむね順風満帆といったところと拝察するが、この世にはそうでない人の方が圧倒的に多いのである。
戦時中、公娼制度は違法ではなく、娼婦は罪人だった訳ではない。自ら進んでなった者は少なかったかも知れないが、家族が飢えず、弟妹が普通の暮らしができるからという理由で娼婦になった事例は山のようにあるだろう。
一方で、年頃の少女を拐かしたり、親を欺して売り飛ばした人非人も数え切れないほど居たに違いない。それが人間であり、人間社会だ。
そういった背景の中、戦争が勃発した。軍には健康な兵士の性欲を処理してやる必要がある。そうでなければ暴走して付近の住民に強姦や暴行をはたらき、最悪のケースでは殺人・放火などの凶悪事件を引き起こす確率が高くなる。そこで、娼館を軍隊と同行させるというアイデアが生まれた。
軍は最初は娼館の主に娼婦選定も運営も任せておいたに違いない。しかし、高齢であったり、病弱であったり、主が働かせ過ぎたり、不当に金銭を搾取するという事例が多々生じ、また娼婦の募集から軍を騙ったり、賄い婦と言って連れてきたりしたことは容易に推測できる。
それを反省した軍は、娼館(経営者)も選定し、館主に募集に際して紛らわしい事を言ってはいけない、娼婦であるという事をはっきりと述べ、年齢の範囲を指定し、健康にも留意せと指示した。その代わり、安全は軍が可能な限り守り、帰還も安全な内に軍より先に帰すよう配慮したに違いない。また、行軍中の食料、医療、住居も軍が用意する事にしたと思う。
そして何より館主には搾取、労働過多の事実があれば厳罰に処すと脅し、娼婦の稼いだ金銭の送付も軍が責任をもって兵士の郵便物と共に送っていたに違いない。戦地では娼婦は母であり恋人であり女神なのだ。娼婦の報酬は驚くほど高かった。それに見合う働きがあったからそれも当然である。
もし途中で年期が明けて帰りたい者や、病を得た者は、館主に責任をもたせて無事帰還させたであろう。だから、戦後、多くの娼婦の誰一人、軍を恨んだり日本を恨んだりした者はいなかった。
娼婦の戦後はどうであったろう。仕送りした家族が慎ましく暮らしていたら、生活は格段によくなったと想像する。自慢げに自分が娼婦であったと言いふらすような者はいないかわりに、近所の嫉妬深い連中が陰口を叩き、故郷に居づらくなったという事は容易に想像できる。
娼婦は自分の身を嘆いただろうか。男が逆立ちしても稼げないような金を家に入れ、喰うや喰わずの生活から抜け出させたという誇らしい気持ちはなかったのだろうか。中には親が博打で使い果たし、また娼婦の生活に戻らざるを得なかった者も多くいただろう。そこに娼婦一人一人の様々な人間模様がある。国が悪い社会が悪いなどと言っている左翼的人士の遠く思い及ばない人の境地がある。
だいたい朝日的な考えで薄っぺらな人間を仮想したとしても、実際にはもっと低俗な理由で身を破滅させた人間は5万といるし、逆に娼婦であっても朝日の記者よりもはるかに崇高な境地で生きた人間も5万といる。
結局、人間理解の深浅に収斂されるのである。性欲の処理=人権侵害、ミスコン=女性蔑視、そんな薄い薄い理解で物事を語るから、誰の心も響かせることができないのである。
おじさんが、当時生きていて、戦地で娼館に行ったとしたら、相手をしてくれた女(ひと)に言うだろう。有り難う、自分は明日死ぬかも知れないが、貴女は無事に日本へ戻り、幸せに天寿を全うしてください、と。
実際に娼婦にそう言って帰らぬ人となった兵士は、数え切れないほど居たに違いない。娼婦も、ご武運をお祈りしますと、何人も何人も名前も知らない兵士を送り出した。そこに哀切と悲惨と勇気、恋心、母性……諸々の曰く言い難い感情がこもっている。国に帰ったかつて娼婦と呼ばれた女性は、時折、兵士の言葉を思い出し、誰に何と言われようとも、多くの青年の最後の相手となった事を誇りに思い、躰の芯でしみじみと感じながら、平凡な庶民としての一生を送ったことだろ。
そういう娼婦を金で釣っておびき出したのが朝日のいう〝慰安婦問題〟なのだ。今、人権というアンタッチャブルなところへ問題を祭り上げ、反論をしにくくしているが、当時の慰安婦の何処が奴隷的だったのか。合法であった当時に高給を目的に危険を承知で赴いた女性が居たということではないのか。
その人の人生を勝手に悲惨色に染め、そこからスタートして可哀想だ、同情を禁じ得ない、当時の社会が悪かった、国が悪いのだ、と言っているだけの話である。褒められる必要もないし、蔑まれる覚えもない。合法な一つの職業を選択しただけのことだ。
朝日的人士は現在の感覚で70年近い昔を裁いているのである。江戸時代の武士が銃刀法違反だと騒いでいる図と何処が異なる。