船井幸雄氏――晩年、いつも病気と闘っておられる様子が著書の前書に記されていたが、ついに帰らぬ人になってしまわれた。
大阪出身ながら、大阪人特有の押しの強さは感じられず、むしろ京都人のような物腰の柔らかさが感じられた。
コンサルティング会社を設立し成功に導きつつ、この世の仕組に興味を持ち、氏の人望から次々と不思議系人間や不思議な研究の情報が集まり、それらを一つ一つ自身の目で確認し、『本物』と判断した人物・研究・商品を自著の中で紹介するという手法で、それらの企業や人物を有名にした。まあ、新手のコンサルティング手法と言えなくもない。
口さがない連中の中には、幾らか払わなければ、即ちコンサルティング契約を結ばなければ紹介して貰えない、と言う者もいたらしい。しかし、それはおそらく船井氏に自分の商品をアピールしたが、商品が『本物』ではなかったか、あるいは本人が『本物』ではなかったため、当然、『本物』のお墨付きを貰えなかった人が放った怨嗟の声に違いない。
おじさんなどは以前にも書いたが、船井氏の著書で新しい人物を知り、ひとしきりその人物の著書を読むというサイクルを続けていた時期があった。
とても紹介された全ての人には手が回らなかったけれど、お陰で大きく無駄足を踏むという失敗も回避できた。
管見だが、氏は最晩年、『聖書の暗号』と『日月神示』の研究に力を入れておられた様に思う。
また、ご自身の意図ではなかったかも知れないが、オカルトに対する偏見の解消に一役買っておられたことは事実である。リアルビジネスで自分が成功し、顧客を成功に導いて来られたからこそ、おじさんなど一種の免罪符の様に船井氏のお名前を使わせていただいていた。
これまで謦咳に接したこともなく、直にお姿を拝見したこともない。いずれ講演にでもと思いながら、ついにその機会を得られなかった。
思えば、レトリックを極力廃した文体で、失礼にも最初、文才がない人かと思ったこともあったが、本当に暖かみのある文体だった。
真似できそうで出来ない文体だと思う。おじさんの如き皮相浅薄で非才な凡人にはあの暖かみは出せない。
この世とあの世の事も既に理解しておられたから、今更、ご冥福を祈るなどと陳腐な表現を使えば、氏のことを理解していない者と嗤われるだろう。
ただ、今後、新著を読むことが出来ないのがただただ寂しい。