葬儀の後、出棺の前にお別れのために残して貰った。


 母の顔は綺麗だった、とても享年87歳とは思えないほど皺もなく。


 棺の中には死の直前まで読んでいた本が、読みやすいようにか開いて納めてあった。


 何を読んでいたのかと見てみたが、文庫本に加え、花とおじさん自身の老眼のせいでよく題名が分からない。眼鏡はくるまに置いてきてるので、尋ねてみると、佐伯泰英の時代小説だという。


 発見されたときには、眼鏡を掛けたままだったという。ということは読書の途中で無くなったのか。閉じて枕元に揃えてあったと聞いたが、本を置いて寝ようとしてそのまま亡くなったのか。


 もし、そうであれば、理想の死に方ではないか。だれにも迷惑を掛けず、寝て起きることがなかっただけということなのだから。


 前日は、兄が病院へ送り迎えし、冗談を言って別れたところだったそうで、兄自身も、しばらく事態が飲み込めないほど、本当に突然のことだったという。


 ちなみに、母は再婚相手との間に一女をもうけており、その娘が引き取って生活していたというから、晩年は本当に幸せだったんだと思う。


 もちろんその娘とおじさんは話をしたことがあって、DVだった夫との子にしては、やさしく育っていた。


 そう、おじさんと血は繋がっている。葬儀に行くと御礼を言われてしまった。


 少し複雑な感情を脇にどかし、おじさんも大変だったね、ご苦労様とねぎらった。


 でも、焼き場まで行くのはよした。スケジュール的に顔を出すぐらいのことは出来たのだが、まわりやあちらの親族に余計な気遣いや詮索をされたくなかったから、兄に一言いって、霊柩車を見送った。


 おじさんは絶対に泣くことはないだろうと思っていたが、近い遺族がお別れの言葉を書いてそれを最後に棺に開いて入れたので読んでみると、一行目に、兄が一言「生んでくれてありがとう」と書いているのを見て、グッときてしまった。


 おじさんは母方の祖母に育てられたけど、兄は母に付いて再婚相手と暮らすことになった。


 結局、義父は兄を1人の労働者として引き取りたかったと思われる。まさにゴミのような男だ。一時は事業が成功して金持ちになったらしいが、晩年は女に騙されて、すっからかんになっていたと聞いた。


 銀行から相続をしろと迫られ、現金がないというので、おじさんが30数万円を立て替えてそのままになっている。


 これまでも請求したことはなかったし、これからも香典のつもりで払ったと考え、請求することはないだろう。


 おじさんは、兄には色々迷惑を掛けられている。だけど、義父にDVで苦しめられ、教育も満足に受けさせて貰えなかった兄には、逆に負い目を感じている。


 おじさんだって決してのほほんと生活していた訳じゃないし、ちょっとした泣ける人生も過ごしてきたけれど、母親が変な男と結婚さえしなければ、と思うこともあった。


 だが、すべておじさんから出でて、おじさんが体験した事柄である。妹も含めて兄弟皆やさしく歳をとったことに感謝しよう。