キューバ滞在中、毎週日曜日に通いつめていた場所がCallejon de hamel。


           ここで行われているのは、THEキューバとも言えるルンバ



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宿から乗合タクシーのマキナ(10peso)に乗って、新市街にある Callejon de hamelに向かい、


大通りからそれて路地に向かうと、

徐々に激しい太鼓の音が近づき、派手にペイントされた路地がドカーンと現れる。



独特な色使いと、見てて楽しくなるペイントが気にならなくなるくらいの熱気が。


もうすぐ近くとわかってても、毎回なぜか小走りになってしまう。



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                        人間をかき分けて輪の中心に向かうと……




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              ルンバ!!!



テンポはカッカッカッと木を打ち付けたクラベの2-3、もしくは3-2のリズムをベースに、

ドラムのスティックで太い竹筒を激しく叩くウッドブロック、

そして3種類の鬼コンガのリズムに合わせて、体の全関節を使ったようなダンス、

さらに歌い手とコーラスでゴスペルにも似た歌い手の割れまくった声がスピーカーからガンガン響いてくる。



大多数の日本人がルンバと聞くと社交ダンスのイメージがあるだろうけど、

元々ルンバとは、アフリカ(主にナイジェリア・コンゴ・アンゴラetc)から奴隷として連れて来られた黒人達から生まれ、信仰される宗教である『サンテリア』に代表されるアフリカ系の宗教音楽から派生したラテン音楽。

そのルンバにもテンポや踊りの意味の違いで3種類に分けられるという。


ゴリゴリのアフリカ系Afro Cubanスタイルのルンバを起源とし、後に様々なルンバのスタイルができたようで、

実際我々がイメージに持っている社交ダンスのルンバは、キューバの『ソン』ミュージックが基本となっていて、

ルンバとは別物という話も聞いたことがあるくらい。


まったく情報が入りづらいキューバ。

この辺のことは、複雑だろうけど今後ももっと知っていきたい。



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とりあえずここCallejon de hamel でやっていたのは、Afro Cubanによるゴリゴリのブラックミュージック。
 

最初聞いたときは、

西アフリカで聞いた打楽器のリズムに、ゴスペルが混じってしまったような印象だった。


まさにアフロカルチャーの象徴。


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コンガを叩くリズムも、歌い手も、踊り手も考えながらの中途半端な動きじゃなく、

音に体が反応しちゃってる感じ。


一応約3時間で3グループ出てきてはいるけども、途中明らかにメンバーじゃない人が我慢できなくなって、

さっきまで踊ってた人がコンガ叩いたり、コンガ叩いてた人が踊ったり。



そして、その代わる代わるの人たちのレベルがみんな半端じゃないことは素人でもわかる。



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途中驚いたのが、女性の叩き手もいたこと。


こういった宗教儀式の要素を含んだ音楽で、信仰のメインとなる打楽器を叩くというのは御法度だと思っていた。

実際アフリカでも歌い手の女性はいても、打楽器を叩いてる女性はまず皆無だった。


男の聖域ともいえる舞台で叩いてる写真のおばちゃん、

実際半端じゃない強い音を出して、さらに歌いながら叩いちゃってる始末。


完全性別超えちゃいました。




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                    <車椅子のおじいちゃんも片手にギロ>



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                  <体仰け反りながら、「おれにも叩かせろ」!>



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踊りの種類も様々。


戦いを表現したもの、男女間の誘惑と求愛を表したもの、歴史を表したもの、

そして、動物的な動きをする踊りや、何かが憑依してしまったような動きと発声をする人……。



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                    <笑い声と言葉にならない奇声を上げて登場>


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自分も含め、初めて見た人にとっては、

根本的にあまりにも違いすぎる文化の表現に対して、若干怖さまじりの好奇心をかきたてられると思う。



どこか憑依してしまったかのような仕草と奇声と動き。


ここまでくると、元々ルンバはアフリカン起源の信仰音楽だと確信できる。



国籍はキューバ人だけど、流れている血は紛れもなくアフリカン。



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キューバ人である彼らに対してアフリカとの共通性を感じさせてくれたのが、

音楽やダンスをやってる時の彼らの表情。


毎週、下手したら仕事で週3~4回かそれ以上やってるにも関わらず、

もうこの世の最高潮とも言える弾けまくった笑顔。


なんともストレート。


感情が漏れなく表情と動きに出てしまう彼らの表現の豊かさ。


控えめに体を揺らしてる欧米人や東洋人とは比較にならないほど、自然に音と体が連動してしまうキューバ人。

しまいには外野で聞いてる10歳くらいの女の子二人が、大人顔負けのセクシーすぎる腰の振り回し。


おっさんも、おばちゃんも漏れてくる音をそのままキャッチして体を揺らす。




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やっぱり彼らにとって音楽は娯楽じゃない。



食うことや寝ることと同じことなんだと思う。




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                        <赤ちゃんの頃から爆音のルンバ>


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                        <パチンコ屋で寝るよりレベル高い>



        

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あまりに土っぽい激しいリズムが、ヒートアップしてくると、

それぞれの打楽器の音がぶつかり混ざりすぎて、聞いてるだけで心拍数が上がりまくる。


盛り上がりピークに達した時は、わや。



コンガの叩き手も肩肘置いて叩くわ、

グーでパンチしてるように叩くわ、

足でコンガ持ち上げて叩くわ、

さらに立ち上がって叩いちゃう。


もちろん外野も我慢できなくなって混ざっちゃう。



もう宗教音楽とかそういうカテゴリーさえよくわかんなくなってくる。





そして、




大爆発の末、





キューバ人の大人が本気出すと………






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            こうなります。








                               わや。




                    滞在3日目でキューバに惚れてしまいました。











刺激的な初日の夜が明けて二日目のキューバ。


朝食を食べて、たけちゃんの案内でとりあえず街歩き。



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滞在しているのはハバナ旧市街の中心であるCapitorio(旧国会議事堂)の側。

そこから歩いて10分もしないで、作家アーネスト・ヘミングウェイが生前通っていたというピンクの建物Hotel Floridaがあり、その脇に観光客でごった返す世界遺産の通り、オビスポ通りがある。



カストロ・チェゲバラによる1959年の革命以降、アメリカからの経済制裁により砂糖とたばこだけに頼ることができなくなったキューバが選んだ外貨獲得方法は観光だった。特に多くの観光資源があるわけでもなく、青い海とクラシックカーと変えたくても変えられない昔からの街並み、そしてチェゲバラのカリスマを武器にみるみる観光客を伸ばしていったキューバ。


多くの日本人にとってはメキシコほど感覚的に近さを感じず、ジャマイカほど神秘性を感じないだろうキューバ。

キューバのイメージを聞かれて、自分のように「社会主義」と「野球」だけの人も少なくないだろう。


閉鎖的なイメージが強かったキューバの主要産業が"観光"っていうことに正直驚いたけども、

実際自分で足を運んでみるとそれまでのイメージが吹っ飛ぶほど外国人に対してはとてもオーガナイズされていた。特にオビスポ周辺の旧市街のレストランは綺麗に整備され、昼夜問わずブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブの『Chan chan』が聞こえてくる。



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時折音楽に合わせてカッコよすぎるサルサを踊るキューバ人を眺めながら、ラム酒を飲む欧米人。


変わり映えしないおみやげ屋さんが並び、さらっとした呼び込みをかわして、風景の写真を撮る。

渋すぎるレトロな街並みをカメラをぶら下げて写真を撮って騒ぎながら歩ける旧市街。


一日を散歩で終えても、満足感でいっぱいになるほどの街並みがハバナにはある。





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そんな旧市街を歩いていると、ラスタマン二人による路上バスキング。

歌ではなく口笛とギター、そしてゆっくり優しくリズムを刻む二人の雰囲気はピースオーラ満点。


ほんと絵になるわ。


彼らのやわらかい演奏をしばらく聞いていると、杖をついたおばあちゃんが彼らの横を通りすぎようとしていた。

彼らの横をまさに通り過ぎようとした時に、ラスタマン達におばあちゃんによる投げキッスのご褒美。

それに反応した口笛を吹いているラスタマンの大きな頷き。


映画みたい。



それから、渡し船で15分程の距離にある島の対岸に行った。

対岸に渡ると釣りをしている人たち。

そんで完全アンティーク化した電車と駅と建物。




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元気が良すぎるパン屋さんとかに立ち寄りながらブラブラしてると、

広場では年齢層バラバラのキューバ人が超本気のサッカーをしてたから日本代表二人が参戦。


どうやら勝ち抜き戦らしく、超本気で笑顔が少ない。

みんな試合したいらしくなまら待たされるほど。

一番驚かされたのは永遠と走り続けられそうなスタミナ。

もしかしたら配給で暮らしているから、毎日プロ並みにサッカーしてるのでは?と思ったけど、

学生だったらしく、なぜかホッとしました。野球ばっかりだと思ったけど、裸足の人も結構レベル高かったです。
最後に挨拶がてらのラム酒のおねだりもありました。



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この日、観光客で賑わうオビスポ通り周辺以外の場所も歩いてみて気づかされたけども、前評判通りキューバには看板や広告がないから、普通の家だと思って見逃してしまいそうになるほど地味に感じる。


そして、あらゆる商店やピザ屋は普通の家の柵付きの小窓からだったり、Barの入口もかなり閑散としている。

さらにその品揃えは極端に少ない。



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ここに来る前、メキシコで会った人も言っていたけども、キューバにはとにかく"モノ"が少ない。

それは一般の人の食のバリエーションにも言えることだし、飲み物、生活品にまで及ぶ。



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この辺で感じたことはまた別の記事で。


いちいち行き交うクラシックカーに驚き、建物に驚き、イカついキューバ人とかわいいキューバ人カップルを目で追い、親切で騒がしい人柄に笑かしてもらう。


まいったな。文章で書ききれない。



そんな濃密な一日も日が暮れて宿へ戻ろうとしていた帰り道、

暗がりのなか一件の家から激しい打楽器のリズムと歌声が漏れてきた。


吹き抜けの柵だけが閉められた家。

扉の中を覗くと、8畳くらいのスペースにほぼ全員ブラックのキューバ人が15~20人ところ狭しと打楽器のリズムに体を揺らせていた。壁沿いには、藁っぽいものや、薄く黄色くなっている液体、その様子が如何にもアフリカの土着の宗教を思わせるお供えの様子だった。

別の壁沿いにはマリア像風の置物の下に、奴隷か何かが小舟を漕いでいる雰囲気の彫り物があった。



見るからに土着のアフリカンな宗教儀式の真っ只中。



柵の外で覗いていると、

カホーンという木の箱型の打楽器を叩いていた人に「中に入ってこい!」という手招きを受けた。


それを見た正装のおばちゃんが柵の扉を開けてくれて、

おれとたけちゃんの二人は完全アウェイの空間に飛び込んでいった。



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            <マリア像を意識しているのか? 写真は別の町で撮ったもの>


とりあえず近い人と握手を交わし、

お供えの近くにあった黄色い得体のしれない液体を手に取り、頭や体に塗るように支持される。

そのあとに口噴射で体にラム酒をかけられて、

スペイン語がわかるタケちゃんがあれこれ儀式のことを聞いてくれていた。


そしてその矢先、部屋の角で麦わら帽子を被った筋肉モリモリのおっさんの様子がおかしいことに気がついた。

発してる言葉は、「アウっ!、アウっ!、アウっ!」だけで、目は完全に現世に存在している目ではなかった。

ココナツの器でラム酒らしき液体を飲みながら、前かがみで動物的とも思えるゆっくりした動きをしている。


それを見て目を丸くしているうちらに、周りの人たちは笑っている様子でもあったが、

突然大ナタを振り回して、「アウアウ」言いながら、入口の扉を思いっきり叩き出した時には、

一瞬シーンとしてこちらもいよいよ笑えない。



そんな状況もお構いなしで、打楽器を叩きながら歌いだす三人組。

(彼らはさながらマリでいうグリオのようなものっぽい)



音が鳴り、叫びにも似た歌声が響き渡ると、そこにいる人たちは体を揺らし踊り歌う。

そして、傍観者でいることが許されることもなく、我々も踊らなければならない。


大ナタを振り回したおっさんがたけちゃんに近寄り、

ラム酒を吹きかけ何やら彼らなりの洗礼のようなことを始めた。

そしてたけちゃんは、そのおっさんが被っていた麦わら帽子とビンのラム酒(脇に挟むように抱えなければならない)をおっさんから託されて踊るという重大な任務を任されることになった。


そして、次は俺の番かと思ったら、なんと服をつまむ仕草の後に「お前はいい」の合図。



「なんだ?何がダメだったんだ!!」


一瞬思ったけど、その来ていた黒のTシャツが良くなかったらしい。

どうやらこの場では白が良くて、黒はだめだったらしい。


心から逆にだめで良かった。



その後も打楽器の音は響き、なんとかタブーを犯さないようにと端っこで控えめに踊っている時間が続いた。


ちなみに踊りを止めると注意される。


重大な任務を任されたたけちゃんをチラッと見ると、若干の油断と疲れからか、

脇に挟むように大事に持っていなければならないラム酒のビンの位置が適当になっていた。


そのタイミングで筋肉モリモリの「アウアウ」シャーマンが近くに寄ってきて、

その時のたけちゃんの「ヤベッ!」というハッした表情を見てしまって、思わず吹き出してしまった。


高校生がタバコ見つかった時とは比べものにならないシチュエーションに、

思わず笑ってしまっているのを見られないようにするのがどれだけ大変だったか。

(ごめん。たけちゃんあまりに面白かったもので)

そんな状況も続いて雰囲気に慣れてきた頃、

それまで大人しかった一人の若い黒人の女の人が突然全身痙攣しだした。

狙ってもできないような体の痙攣している状態を目の前にまったく状況が飲み込めない。


それでも土っぽい打楽器の音と張り上げた歌声は続く中、

ここで「アウアウ」言っていた不審だと思っていたおっさんが痙攣している女の人の前に近づいて行っていく。


そして次の瞬間女性の頭の上から力一杯何かを引っこ抜く動作をすると、

その女性の全身痙攣は止み、近くのおばちゃん達にもたれ込んで、水のあるところへ運ばれていった。


「アウアウ」言っていた一見正気じゃない彼は、実はシャーマンのようだった。


そんなこんなで奇声も飛び交う中、あまりに刺激的な時間は過ぎていった。



途中から招かれた若干肌の色が薄めのキューバ人らしき男性も、

衝撃の空間に目を丸くしながら無理やり体を揺らしていたが印象的だった。

自分も状況を飲み込むのと、無礼のないように振舞うことに全神経注ぐ時間が続いた。



ちょうど音が鳴り止み、トーンダウンを感じた瞬間にその場にいた人たちと和かに挨拶を交わして、

少しの寄付をして柵の外へと出て帰路に着いた。

絶対にカメラなんか出せない空間でした。



帰り道、たけちゃんが教えてくれたのは今日のセレモニーは、1年に一回この宗教の人たちが行う家の為に行うセレモニーだったという。そして、彼らの祖先はコンゴから連れられてきた奴隷移民。


後で知ったことだけど、キューバには奴隷で連れて来られたナイジェリアのヨルバ族を起源としたサンテリアという宗教が強く信仰されている。さらにその祖先がコンゴだったらパロだったり、アンゴラの場合もあり、アフリカーナの宗教とリンクしていくよう。ブラックのキューバ人が信仰するアフリカを強く意識した宗教にはどこか、アフリカへの憧れだったり、帰るべき場所への思いが強く伝わってくる。


もしかしたら、アフリカにいるアフリカンよりもその信仰への思いの強さはあるのかもしれない。

そして、その思いが強くなればなるほど、

その信仰のスタイルにシリアスさが混じってどこか哀愁を感じる瞬間が多いのかもしれない。 


帰り道に知ったことだけども、

女性が痙攣したのは祖先とのコネクションが繋がったみたいな事を言っていたらしい。



アフリカの大地を踏んだことのないアフリカン。



その思いを知ることは難しいけども、ここキューバでもアフリカの風はガンガンに吹いている。


やっぱアフリカだわ。





その日の晩飯は二人とも、あまりの衝撃的空間を体験したせいか、

完全に魂を抜かれて、まったく食が進まなかったのは言うまでもない。



こんなの一日が毎日続いたら、体が持たないわ。



半端じゃなかったわ、あの謎のセレモニーとキューバ二日目の内容。










ネット環境の厳しいキューバを離れて4日間が経過。


いまだキューバの熱を引きずりながら12/28日現在、

少し肌寒いコロンビアの首都ボゴタでのんびりしてます。


落ち着ける宿で落ち着いてきた頃だし、

ここから11/25~12/24日までの約1ヶ月間滞在したキューバについて振り返ってみたいと思う。





<キューバ上陸>




カンクンの旅行代理店"TMC"で購入した270ドルのキューバ行き航空券を握り締め、いつも通り重い荷物とともにカンクンの宿(ロサス7)を後にする。


空港に着いてチェックイン手続きをしようと列に並ぶと、たまたま同じ列の前にいたオーラ満点の日本人(EISUKEさん)と軽い挨拶から知り合うことができた。南米から北上してきて、波乗りをメインに旅をしてきたEISUKEさんの話を聞きながら難なくチェックイン。


基本的にモノが少ないキューバへの荷物の搬送はたまに荷物が抜かれていることがあるらしいってことで、日本を出発前に迷いに迷って好日山荘で買ったバックパックを覆うワイヤーロックでブロックしての預け荷物になった。カンクンの空港でも久しぶりに見たあのでっかいサランラップみたいなやつでの荷物ラッピングサービス。

常識的に考えれば、次の目的地まで空港関係者しか触ることがないはずの荷物に対してのセキュリティ。

これを見るとヨハネスブルグの空港を思い出す。


メキシコ側の出国IMMIGRATIONがないことに衝撃を受けながら、出発の時間を待つ。

寛大すぎるべ、メキシコ。



何時間も出発が遅れたっていう前評判を、いい意味で裏切ってもらって30分遅れの15:00にAir Cubanaでキューバへ飛び立ち、17:20着予定から30分以上遅れの6時過ぎにキューバの首都ハバナに着いた。



到着して早速社会主義らしいというか、派手な広告演出がほとんどないImmigrationまでの通路。

公園のトイレを連想させる使い古されたImmigrationの扉を開けて、入国審査官が発したのは、「帽子脱いで」っていうジェスチャーと、「パスポート」だけで余裕の入国。


手荷物の受け取り場所に向かう途中に白衣を着た4~5人の空港職員が待ち構えてて、

通り過ぎようとする人に、入国の目的とか仕事とかの質問(スタンプを押した後にこの質問は意味があるのだろうか?) に加えて、カンフーのポーズとかを浴びせてきて、やはり余裕の入国。


この空港職員の緩さからなぜか社会主義の正確な意味もわからず社会主義を感じる。



地味な作りの空港を抜け、適当に両替を済めせた後、なぜか助手席にカタコトの英語を話せる相方が乗ってるタクシーに飛び乗る(25cuc)。コピーした簡単な地図に殴り描きした住所を見せて車は旧市街へと向かった。


完全に日が落ちている夜道を眺めて最初の感想は、『暗い!』


とにかく街灯含め灯りが少ない。


オレンジ色の弱い街灯と、すれ違う車のライト、そして数少ない商店から漏れる電気の明かり。

乗合いタクシーを待つ長蛇の人のシルエット。


あまりにもミステリアスなムードにドキドキして、一人じゃなくて良かったと心から思いました。



途中助手席に座ってるおっさんが、「今日のタクシーは夜遅くまで仕事だぜ」と息巻いて説明してたのに、

「またね!」といってタダ乗りでタクシーを降りて言ったことに違和感を覚えながら、車は無事旧市街に着いた。


キューバで名前が知れたCASA(宿)であるホアキーナの家に行くようにタクシーの運ちゃんに伝えてあったけど、

降ろされたのは違うとこだった。はっきり言ってスラムにしか感じない夜の路地で降ろされて、かなりドキドキしながらとにかくすぐ近くの人に「CASAはどこ?」って連呼すると斜め向かえの10階建てのアパートを指さされた。


後になって安全だとわかることだけど、初めて人にとっては、薄暗い中でイカツイキューバ人がタンクトップでウロウロしてるただのスラムにしか感じない。


明らかに予定していたCASAとは違うけど、

なんとか斜め向かえのアパートにあるブザーを押して、入り口に入り込んだ。


程なくして、今にもぶっ壊れそうなアンティーク一歩手前のエレベーターから電話を持った大きなお父さんが降りてきて、ただでさえわからないスペイン語に加えて、相当の早口&なまりも混ざってひとつも理解できないまま10階へと連れて行ってもらった。


そこは一見普通の家庭の家だけど、キューバ特有の個人宅の部屋を間借りさせる宿形式のCASAだった。

狭い部屋にパイプベット2つ普通のベット一つが置いてあり、自分ら以外に2人分の荷物がベットの上に散在していた。



行動を一緒にさせてもらっていたEISUKEさんととりあえずここに泊まることにして、

重いザックを降ろして荷物を解いていたとき、奥から誰かが帰ってきたようだった。




特に視線を上げずに適当に荷物を解きながら、誰かが入ってくる気配に合わせて、





「こんにちわー」





……





………







って、たけちゃんでしょー!!!





お互い抱き合って雄叫びを上げた。


キューバマジック炸裂。



「鬼!」を連呼するたけちゃん。



約2年前にエジプトのダハブで会って、今回の日本出国前にも旅の時期も被るだろうから、

「キューバで会おうとか言って」、コーヒー一杯で3~4時間話し込んだ仲。


おれがメキシコにいるときにたけちゃんが泊まってる宿の大体の場所をメールで教えてくれていただけだったにも関わらず、奇跡のタクシー運転手の勘違いによって、細かい打ち合わせなしで、まさかの同じCASAでの再会になった。実際ネットを使うことがほぼないキューバでタイミングを合わせて再会するのは至難の技だし、偶然性が必要になってくる中でこの再会は嬉しすぎた。



テンションが上がったまま、その日の夜は宿のメンバー4人で地元の飲み屋へ。



たけちゃん → 両刀でスペイン語&英語ペラペラ

たけちゃんの友達のたくちゃん → スペイン語鬼ペラペラ 

えいすけさん → 英語鬼ペラペラ

おれ → がんばります



今考えると超インターナショナルなメンバーで突入した飲み屋での出来事も忘れられない。

1950年~60年代から変わってないだろう雰囲気が飲み屋では1本40円のビールをグイグイ流し込みながら、

個性の強すぎるキューバ人に囲まれて楽しい時間を過ごした。



完全泥酔の99岡村似のキューバ人に中途半端な英語で、「俺の血の半分は日本人だ」と真横で言われながら、

目の前では、半端じゃなく渋いしゃがれ声で「おれの名前はミゲル」と言いながらマイケルのモノマネをしてて、

右を見れば、別テーブルでなぜか何も飲まずご馳走してほしいオーラをガンガンに出してるキューバ人の女3人組が座って、また近くに寄ってきた自称貿易関係の仕事をしているという自転車タクシー屋。

そして、目だけ動いてどんなに騒いでも置物のようにピクリともしない店のおじいちゃん。

急に姉御肌で日本人集団の面倒を見るふうなウエイトレス。



普段外国人が来るはずもない飲み屋で日本人4人がいるもんだから、落ち着いて飲める状況じゃなくなる。


このフレンドリーを追い越したようなアグレッシブで自分勝手で、でも柔らかさを感じるコミュニケーションの気質に嬉しくもなる。ツッコミのタイミングが満載な酔っ払いキューバ人。


大人が子供のように振舞っても、笑っていられる場所。




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型にハマってない自由すぎるキューバ人とのオープンな時間にありがたさを感じながら、

グダグダな別れでその日はCASAへと戻った。




初日から幸先良すぎるキューバの旅。




全てが新鮮なキューバ。





この国をもっと知りたいと思う荒々しい初日の夜だった。