刺激的な初日の夜が明けて二日目のキューバ。
朝食を食べて、たけちゃんの案内でとりあえず街歩き。
滞在しているのはハバナ旧市街の中心であるCapitorio(旧国会議事堂)の側。
そこから歩いて10分もしないで、作家アーネスト・ヘミングウェイが生前通っていたというピンクの建物Hotel Floridaがあり、その脇に観光客でごった返す世界遺産の通り、オビスポ通りがある。
カストロ・チェゲバラによる1959年の革命以降、アメリカからの経済制裁により砂糖とたばこだけに頼ることができなくなったキューバが選んだ外貨獲得方法は観光だった。特に多くの観光資源があるわけでもなく、青い海とクラシックカーと変えたくても変えられない昔からの街並み、そしてチェゲバラのカリスマを武器にみるみる観光客を伸ばしていったキューバ。
多くの日本人にとってはメキシコほど感覚的に近さを感じず、ジャマイカほど神秘性を感じないだろうキューバ。
キューバのイメージを聞かれて、自分のように「社会主義」と「野球」だけの人も少なくないだろう。
閉鎖的なイメージが強かったキューバの主要産業が"観光"っていうことに正直驚いたけども、
実際自分で足を運んでみるとそれまでのイメージが吹っ飛ぶほど外国人に対してはとてもオーガナイズされていた。特にオビスポ周辺の旧市街のレストランは綺麗に整備され、昼夜問わずブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブの『Chan chan』が聞こえてくる。
時折音楽に合わせてカッコよすぎるサルサを踊るキューバ人を眺めながら、ラム酒を飲む欧米人。
変わり映えしないおみやげ屋さんが並び、さらっとした呼び込みをかわして、風景の写真を撮る。
渋すぎるレトロな街並みをカメラをぶら下げて写真を撮って騒ぎながら歩ける旧市街。
一日を散歩で終えても、満足感でいっぱいになるほどの街並みがハバナにはある。
そんな旧市街を歩いていると、ラスタマン二人による路上バスキング。
歌ではなく口笛とギター、そしてゆっくり優しくリズムを刻む二人の雰囲気はピースオーラ満点。
ほんと絵になるわ。
彼らのやわらかい演奏をしばらく聞いていると、杖をついたおばあちゃんが彼らの横を通りすぎようとしていた。
彼らの横をまさに通り過ぎようとした時に、ラスタマン達におばあちゃんによる投げキッスのご褒美。
それに反応した口笛を吹いているラスタマンの大きな頷き。
映画みたい。
それから、渡し船で15分程の距離にある島の対岸に行った。
対岸に渡ると釣りをしている人たち。
そんで完全アンティーク化した電車と駅と建物。
元気が良すぎるパン屋さんとかに立ち寄りながらブラブラしてると、
広場では年齢層バラバラのキューバ人が超本気のサッカーをしてたから日本代表二人が参戦。
どうやら勝ち抜き戦らしく、超本気で笑顔が少ない。
みんな試合したいらしくなまら待たされるほど。
一番驚かされたのは永遠と走り続けられそうなスタミナ。
もしかしたら配給で暮らしているから、毎日プロ並みにサッカーしてるのでは?と思ったけど、
学生だったらしく、なぜかホッとしました。野球ばっかりだと思ったけど、裸足の人も結構レベル高かったです。
最後に挨拶がてらのラム酒のおねだりもありました。
この日、観光客で賑わうオビスポ通り周辺以外の場所も歩いてみて気づかされたけども、前評判通りキューバには看板や広告がないから、普通の家だと思って見逃してしまいそうになるほど地味に感じる。
そして、あらゆる商店やピザ屋は普通の家の柵付きの小窓からだったり、Barの入口もかなり閑散としている。
さらにその品揃えは極端に少ない。
ここに来る前、メキシコで会った人も言っていたけども、キューバにはとにかく"モノ"が少ない。
それは一般の人の食のバリエーションにも言えることだし、飲み物、生活品にまで及ぶ。
この辺で感じたことはまた別の記事で。
いちいち行き交うクラシックカーに驚き、建物に驚き、イカついキューバ人とかわいいキューバ人カップルを目で追い、親切で騒がしい人柄に笑かしてもらう。
まいったな。文章で書ききれない。
そんな濃密な一日も日が暮れて宿へ戻ろうとしていた帰り道、
暗がりのなか一件の家から激しい打楽器のリズムと歌声が漏れてきた。
吹き抜けの柵だけが閉められた家。
扉の中を覗くと、8畳くらいのスペースにほぼ全員ブラックのキューバ人が15~20人ところ狭しと打楽器のリズムに体を揺らせていた。壁沿いには、藁っぽいものや、薄く黄色くなっている液体、その様子が如何にもアフリカの土着の宗教を思わせるお供えの様子だった。
別の壁沿いにはマリア像風の置物の下に、奴隷か何かが小舟を漕いでいる雰囲気の彫り物があった。
見るからに土着のアフリカンな宗教儀式の真っ只中。
柵の外で覗いていると、
カホーンという木の箱型の打楽器を叩いていた人に「中に入ってこい!」という手招きを受けた。
それを見た正装のおばちゃんが柵の扉を開けてくれて、
おれとたけちゃんの二人は完全アウェイの空間に飛び込んでいった。
<マリア像を意識しているのか? 写真は別の町で撮ったもの>
とりあえず近い人と握手を交わし、
お供えの近くにあった黄色い得体のしれない液体を手に取り、頭や体に塗るように支持される。
そのあとに口噴射で体にラム酒をかけられて、
スペイン語がわかるタケちゃんがあれこれ儀式のことを聞いてくれていた。
そしてその矢先、部屋の角で麦わら帽子を被った筋肉モリモリのおっさんの様子がおかしいことに気がついた。
発してる言葉は、「アウっ!、アウっ!、アウっ!」だけで、目は完全に現世に存在している目ではなかった。
ココナツの器でラム酒らしき液体を飲みながら、前かがみで動物的とも思えるゆっくりした動きをしている。
それを見て目を丸くしているうちらに、周りの人たちは笑っている様子でもあったが、
突然大ナタを振り回して、「アウアウ」言いながら、入口の扉を思いっきり叩き出した時には、
一瞬シーンとしてこちらもいよいよ笑えない。
そんな状況もお構いなしで、打楽器を叩きながら歌いだす三人組。
(彼らはさながらマリでいうグリオのようなものっぽい)
音が鳴り、叫びにも似た歌声が響き渡ると、そこにいる人たちは体を揺らし踊り歌う。
そして、傍観者でいることが許されることもなく、我々も踊らなければならない。
大ナタを振り回したおっさんがたけちゃんに近寄り、
ラム酒を吹きかけ何やら彼らなりの洗礼のようなことを始めた。
そしてたけちゃんは、そのおっさんが被っていた麦わら帽子とビンのラム酒(脇に挟むように抱えなければならない)をおっさんから託されて踊るという重大な任務を任されることになった。
そして、次は俺の番かと思ったら、なんと服をつまむ仕草の後に「お前はいい」の合図。
「なんだ?何がダメだったんだ!!」
一瞬思ったけど、その来ていた黒のTシャツが良くなかったらしい。
どうやらこの場では白が良くて、黒はだめだったらしい。
心から逆にだめで良かった。
その後も打楽器の音は響き、なんとかタブーを犯さないようにと端っこで控えめに踊っている時間が続いた。
ちなみに踊りを止めると注意される。
重大な任務を任されたたけちゃんをチラッと見ると、若干の油断と疲れからか、
脇に挟むように大事に持っていなければならないラム酒のビンの位置が適当になっていた。
そのタイミングで筋肉モリモリの「アウアウ」シャーマンが近くに寄ってきて、
その時のたけちゃんの「ヤベッ!」というハッした表情を見てしまって、思わず吹き出してしまった。
高校生がタバコ見つかった時とは比べものにならないシチュエーションに、
思わず笑ってしまっているのを見られないようにするのがどれだけ大変だったか。
(ごめん。たけちゃんあまりに面白かったもので)
そんな状況も続いて雰囲気に慣れてきた頃、
それまで大人しかった一人の若い黒人の女の人が突然全身痙攣しだした。
狙ってもできないような体の痙攣している状態を目の前にまったく状況が飲み込めない。
それでも土っぽい打楽器の音と張り上げた歌声は続く中、
ここで「アウアウ」言っていた不審だと思っていたおっさんが痙攣している女の人の前に近づいて行っていく。
そして次の瞬間女性の頭の上から力一杯何かを引っこ抜く動作をすると、
その女性の全身痙攣は止み、近くのおばちゃん達にもたれ込んで、水のあるところへ運ばれていった。
「アウアウ」言っていた一見正気じゃない彼は、実はシャーマンのようだった。
そんなこんなで奇声も飛び交う中、あまりに刺激的な時間は過ぎていった。
途中から招かれた若干肌の色が薄めのキューバ人らしき男性も、
衝撃の空間に目を丸くしながら無理やり体を揺らしていたが印象的だった。
自分も状況を飲み込むのと、無礼のないように振舞うことに全神経注ぐ時間が続いた。
ちょうど音が鳴り止み、トーンダウンを感じた瞬間にその場にいた人たちと和かに挨拶を交わして、
少しの寄付をして柵の外へと出て帰路に着いた。
絶対にカメラなんか出せない空間でした。
帰り道、たけちゃんが教えてくれたのは今日のセレモニーは、1年に一回この宗教の人たちが行う家の為に行うセレモニーだったという。そして、彼らの祖先はコンゴから連れられてきた奴隷移民。
後で知ったことだけど、キューバには奴隷で連れて来られたナイジェリアのヨルバ族を起源としたサンテリアという宗教が強く信仰されている。さらにその祖先がコンゴだったらパロだったり、アンゴラの場合もあり、アフリカーナの宗教とリンクしていくよう。ブラックのキューバ人が信仰するアフリカを強く意識した宗教にはどこか、アフリカへの憧れだったり、帰るべき場所への思いが強く伝わってくる。
もしかしたら、アフリカにいるアフリカンよりもその信仰への思いの強さはあるのかもしれない。
そして、その思いが強くなればなるほど、
その信仰のスタイルにシリアスさが混じってどこか哀愁を感じる瞬間が多いのかもしれない。
帰り道に知ったことだけども、
女性が痙攣したのは祖先とのコネクションが繋がったみたいな事を言っていたらしい。
アフリカの大地を踏んだことのないアフリカン。
その思いを知ることは難しいけども、ここキューバでもアフリカの風はガンガンに吹いている。
やっぱアフリカだわ。
その日の晩飯は二人とも、あまりの衝撃的空間を体験したせいか、
完全に魂を抜かれて、まったく食が進まなかったのは言うまでもない。
こんなの一日が毎日続いたら、体が持たないわ。
半端じゃなかったわ、あの謎のセレモニーとキューバ二日目の内容。








