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盲導犬訓練センター見学会に行ってきました

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盲導犬支援センター代表のご好意で、盲導犬訓練センターの見学会に参加しました。
正直なところ子供の頃犬に噛まれたことがあるので、犬は苦手なのですが、でっかくても大人しくて
人懐っこい犬達にそんな気持ちも吹き飛び、ニコニコしっぱなしでした。
説明を聴いてる間にも目から鱗がボロボロ、脳内に新しい思考回路が生まれました。

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■盲導犬訓練センターはたくさんの方の募金や寄付、ボランティアさん達によって支えられています
(盲導犬は無償貸与です)候補犬は1年間ボランティアさんの一般家庭で育てられ、2年目から訓練、
10年超えると引退で、もらわれたり施設で余生を過ごします。

■訓練センターは清潔が第一です。犬舎は犬が大量(80頭前後)にいる場所特有のにおいはしません。
毎日ボランティアさんが掃除して、月に2~3回お風呂、その後1.5時間かけてブロー&ブラッシング
しています。床暖房にミストまで常設されていて快適に過ごせるようになっています。
犬なのでスキンシップが一番大事です。候補犬は「これをすれば誉めてもらえるんだ!」という喜びの
積み重ねを訓練するため、尻尾をブンブン振っていて、とても楽しそうです。
人でも同様に喜びの積み重ねで素晴らしい人格ができあがるのだろうな、とふと思いました。

■視覚障害の方は全盲の方だけでなく、見えにくい方や視野がとても狭い方などもいるので「見えないフリ?」
等という無碍な言葉を投げかけるのはやめましょう。一人で見えないまま歩く、というのは物凄く集中力を要し、
消耗します。

歩行用の杖(白杖)は、高い位置にある障害物に気づかないので、木の枝など避けることができないことが
あります。盲導犬を借りるためには、4週間施設へ寝泊りし、歩行訓練や犬のお手入れ、えさやしつけ
等の講習を受けてからとなります。盲導犬が来てくれてからは、移動が物凄く楽になり、盲導犬を通じて
色んな方と会話できるようになって楽しい!とのことでした。

ただし、盲導犬も犬なので、なでたり目をじっと見ると、遊んでくれると思って気が散ってしまうので、
お仕事中はかまわないようにしてくださいね、とのことでした。

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見学会終了後に、目隠しで盲導犬と歩行訓練しましたが、見えないというのは不安で不安定です。
どこにいるのか、どう立っているのかが解らず、周りの音や声が凄い勢いで雪崩れ込んできます。
盲導犬に引いてもらっても不安でした。見えない世界を体験したこと自体が貴重な体験でした。
興味がありましたら、見学会に参加してみてください。

「手段」ではなく「目的」に集中しましょう

とかく人は流行に流されます。その理由のひとつに飽きっぽいから長続きしない、という性質があります。
例えばダイエット、一体どれだけのダイエット本(運動、食餌療法、DVDやWEBサービス等)が溢れ返っていることでしょうか。そして成功者はどれぐらいいるのでしょうか。
3日坊主で投げ出してしまい、また新しいダイエット法に飛びつく、といったサイクルになり勝ちです。
ダイエット方法という「手段」に翻弄され、ダイエットする!という「目的」を見失っていませんか?
「目的」を達成するための「手段」であって、「手段」を「目的」にしては達成できるはずもないのです。

現状のWEBでも同様の事象が起こりつつあります。HPから始まり、ブログ(mixi/アメブロ)、Twitter、facebook等とめまぐるしく変遷していて、利用者からしてみれば何がどうなっているのか解らない状態となっています。
WEBを利用する本質的な「目的」を先に聞き出して、その「目的」にマッチする「手段」とサービスを提供するという、昔ながらの御用聞き(「言いなりの奴隷」という意味ではありません)スタイルがベストなのかもしれません。

最先端の技術を追いかけるのではなく、解り易くて使いやすい技術に、御用聞きの人情をちょっと載せて提供すれば、喜んでもらえると考えています。

「人が集まる場」を創りましょ

「人を集める場」ではありません。一字の違いですが、解釈が全く異なります。
「人を集める」だと主催者が色々と画策して無理に集める、という解釈となります。
「(主催者が)人を集める場」と言ってもいいでしょう。
一方で「人が集まる」だと主催者は「場」を設けただけで自然と「場」に人が来る、という解釈となります。
主語が主催者か、人かの違いですね。

人は来い来い!と命令口調(ととれる)物言いよりも、面白いから来なよ~!といった砕けた表現の方に魅力を感じます。子供の初めて水泳教室が一番のいい例で、プールサイドに先生が立ち、ピッ!と笛を鳴らして「入れー!」と言っても子供は怖いから入りません。そうではなく先生が先にプールに入って「気持ちいいからおいでー」と言うと、大抵の子供はザブンザブンと入ってくるとか。

花は蝶や蜂が蜜の匂いを嗅いで、自然と集まる「場」を提供することで、花粉を運んでもらいます。
同じように魅力的な「人」や「場」となり、自然と「人が集まる場」を創り出せるようになりたいものです。

直接的な見返りを求めないこと

人付き合いで「自分に損得があるのか否か」で判断する事が多々あると思います。
「その依頼の私への見返りは何ですか?」とか「ヘルプしたのに何の感謝もなかった」とか・・・。
ちょっとだけ考えを柔軟にして、直接的な損得や見返りを求めないようにしてみてはいかがでしょうか。
金は天下の回り物、というのと同様に損得や見返り、感謝は間接的に回ってくるものだ、
と思えば直接的な相手に対する期待値が下がります。

例えば、喫茶店のコーヒー一杯に、どれぐらいの間接的な協力があるのかを想像してみて下さい。
普段口にする食事に、どれぐらいの間接的な協力があるのかを想像してみて下さい。
生産者~流通業者~卸業者~小売業者~家庭、更には家があり、調理器具は揃い、ガスが供給され、
電気が灯されているその状態、目に見える部分と、目には見えていない部分がありますが、
誰かが誰かを援けて社会と世間は成立しているのですから、その恩恵を十分に感謝しましょう。

人に「逢う」ということ

人は財産であると思っています。
世の中には個人の力ではできなくても、皆で協力すれば成し遂げる事ができる物事ばかりです。
お互いで持てるモノを持ち寄り、力を合わせてまい進する事が大事です。
その最初の一歩は、やはり「逢う」ことから始まります。

Facebookも実名だ、本人写真だ、と言っていますが、どんなに実名と写真が掲載されていたところで、オンライン上では記号にすぎません。おそらくは写真が口パクする程度の認識でしょう。
ところが、オフ会で逢って話して騒いだ人ならオンラインでの発言も、その人の態度や口調がある程度浮かびあがってくると思います。リアルで逢ったことで文字から経験を呼び起こす事ができるようになるわけです。

「逢う」事でリアルな人となりを実感し、更に深く付き合うか否かの判断をしますが、その際にオンライン上でのやり取りが後押しとなります。前後が逆転しますが、文字だけの理屈がリアルの経験を補強する形となるわけです。

オンラインで自分の住む範囲外の人ともやり取りできるようになりました。是非ともオフでお逢いして、リアルな人となりを分かち合って、お互いの財産になりたい、と思う今日この頃です。