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それはとりあえずおいといて。

こんにちは、Lunaです。広範性発達障害を持つ昭和人です。「ポジティブカレンダー」よりも、ヒロシの「ネガティブカレンダー」を手に取ってしまいますが「元気があれば何でも出来る」はずなので、その「元気」を探す旅に出ています。

その時私は、アシ(スタント)の仕事で、
人の仕事場に泊り込んでいたのですが、
テレビのアナウンサーが


「セナの事故の時と似ているかも。
ハッキネンも危ないかもしれない」


と、怖いことを言っていました。
夜明けを待ってコンビニに走り、スポーツ新聞を買って開くと、
流血しながら担架で運ばれるハッキネンの写真が、
デカデカと載っていました。


私は新聞を捨て。


それからレースが見られなくなりました。


ただ、ハッキネンの安否は心配です。
私が買っていた雑誌の編集部が、
「ハッキネンに励ましの手紙を渡したい方は、
編集部に送ってください。
責任を持って本人にお渡しします」と
告知をしていたので、
私は久しぶりに英語の辞書を片手に、
だいぶおかしいであろう、英文の「励ましのお手紙」を書きました。


半年くらい経って、ショックもだいぶ薄れ、
「ヒヤヒヤしたけど、ハッキネンは復帰出来る(出来た?)らしいよ」と
風のウワサで聞くようになった頃、
「Mobil」のロゴ入り封筒が、私のもとに届きました。
最初はDMかな?と思ったのですが、開けてみると
中には、直筆であろうハッキネンのサインが
印刷のポートレートに書かれたものが、
1枚だけ入っていました。


ハッキネンは元気になったんだ。
よかったなあ・・・・・・・・・


2001年の日本GPを最後に、
ハッキネンは舞台をF1からドイツツーリング選手権へと移し、
最近見た新聞では、
F1の頃よりイキイキとやっている模様(私の主観では)。
先日も、テレビでやっていた「今日誕生日の有名人」を
何気なく見ていたら、
「ミカ・ハッキネン(38歳)」とありました。
38歳か~。時は川の流れのよう~に~♪ですな。


シューマッハーも、今年で引退。
あの当時見ていたドライバーたちは、
これで全員いなくなる事になるのかな、と思ったら、
あらまだバリチェロが走ってるよ、スゴイね。


チケット高いけど、
レース中雨に打たれて凍え死にそうだったけど、
帰りは「新幹線の時間に間に合わないから、
みんな名古屋駅まで勝手に行って」と、
途中でバスから降ろされちゃったけど、
(これは仕方ない・・・・)
帰りに名古屋駅で買った
「名古屋コーチン弁当」に、肝心のコーチンが
2切れしか入っていなかったのも解せなかったけど。


いつ体調が悪くなるかとしじゅうビクビクしていて、
遠出が難しかったのを少し無理して出てきた旅だったけれど。


鈴鹿でナマでレースを見られたのは、一生の思い出です。



F1ファンの皆さん、今日の日本GP、堪能してくださいね!ニコニコフラッグ

続きです。


プジョーエンジンの時は、もうとにかくリタイヤが多くて、
毎回


たのむから完走してくれ!
表彰台なんかどうでもいいから!


いやどうでもよくはないけど。
まあそんな感じで、祈りながら見ていたものでしたよ。
しかしその祈りもむなしく、
リタイヤ後、表面的にはキレるでもなく
マシンに当たるでもなく、静かに去っていくハッキネンの後姿に、
哀愁を感じるファンは少なくなかったのでは・・・・。


でもね、ハッキネンはすごいんです。
前向きなんです。
私が買っていた雑誌のコラムでは、いつも
「またリタイヤしちゃったよ。でも次は見ててよ!
ぼくはいつも前向きに頑張ってるよ!」って
私が書くとバカみたいですが、
そういう姿勢が毎回伺えるわけですよ。


ああ私がハッキネンを好きなのは、
この前向きなところが気持ちいいからなんだなあ、
いつも見ていたい、と思わせてくれるからなんだなあ、と
つくづく感じました。


私だったら(ありえないけど)
「だってエンジンが悪いんだもん、オレのせいじゃないもん」とか
書くね。いや絶対書くね。編集に直されちゃってもね。
オトナじゃないからね。


で、95年、マクラーレンはエンジンを

プジョーからメルセデスに変えるわけですが。
同時に紅白のマシンや、真っ赤なレーシングスーツともさよなら。
なんだか白黒ダークグレー、でくらーい感じになってしまいました。


そして・・・・



その年、ハッキネンは大事故を起こしました。

私は、今はもうF1を見ていません。
見られなくなってしまったのです。


「F1くんまんじゅう」の話を出したのは 

なんとなくだったのですが、
今まさに、日本GPのシーズンだったんですねー。


私が何か(特に人物)に夢中になる時、と言うのは
たとえばF1だったらば、
「車が大好き、レースが大好き、あらこのドライバーかっこいいじゃん、
追っかけちゃおう」と言う順番には、あまりなりません。


「何かの拍子にふとかっこいい人を見つけちゃった、
見かけじゃなくて、その人の生き方結構好きじゃん、
考え方好きじゃん、へーF1のドライバーなんだ、じゃあF1見てみよう」


と言う、「もろミーハー」な追っかけ方をします。


ちょうどアイルトン・セナが亡くなった年、94年に
私はあるドライバーに注目をしました。
当時のマクラーレン・プジョーにいた

「フライング・フィン(空飛ぶフィンランド人)」こと、

ミカ・ハッキネンです。
その頃すでにベネトンにシューマッハーがおり、
若さ&強さをアピールしていましたし、
右京さんもまだまだ現役でした。


ハッキネンはその頃、
某大手石油会社のCMに出ていたのですが、
第一印象は「変わった顔だな」でした(笑)
いや、「ブサイク」とか「変な顔」じゃないです。

むしろ金髪碧眼の「貴公子」系。

でも私にとっては、
「印象に残る顔」「もう一度見たい顔」でした(難しいなー)。
てかますますミーハー路線になって来たぞ。


で、車の免許さえ持っていない私が
F1の中継を見始め、雑誌なんかを買い始めたわけです。
ちょうどハッキネンがコラム連載をしている雑誌があって、
発売日に本屋にかけつけては買っていました。


専門用語は相変わらずチンプンカンプンでしたが、
とにかく当時のマクラーレンのめでたげな紅白のマシンと、
ハッキネンの真っ赤なレーシングスーツ、
フィンランドの国旗を模した青いヘルメットが
印象的でした。


でも、私が覚えているのは、
ハッキネンが表彰台に上ってシャンペンボトルを
振り回している姿ではなかったのです。

下の写真は、
鈴鹿サーキット名物?「F1くんまんじゅう(笑)」。


もう10年以上前ですが、一度ナマでF1を見たくて。
鈴鹿で行われる日本グランプリに行った時に、
「まさかないだろう」と思って探したら、


本当にあったよ!!!えっ


と、喜んで買って来たシロモノです。
何回も行かれている方には、

「何をそんなに珍しがってんの?」と
思われるかもですが。


味はご想像の通り、
東京銘菓もしくは

福岡銘菓である「ひ○こ」ですね。


いちおう記念に買ったブツなので、

10年以上経った今も
箱を捨てられずに

取ってあるんです。
赤白ボディのマクラーレン、懐かしいなあ・・・・


しかし、一番恐ろしいのは
箱の中に



10年以上経った
「F1くんまんじゅう」が
1個残っていることだな・・・・・




誰か食う?

まずは、趣味で描いた
イラストですクラッカー
(イラストをクリックすると
拡大されます)


昨年、久しぶりに同窓会で
会ったMちゃん。
今は4女(!)の
お母さんです。


下から2番目の
娘ちゃん・・・Hちゃんが、
日本にも数えるほどしか

患者さんがいない難病に侵されています。
東京には治療出来るお医者様や病院がないそうで、
地方と東京を行ったり来たり・・・・
入院と外泊を繰り返しています。


本当なら、元気に保育園で駆け回っててもいい
年頃なのに・・・・。


でも、M母さんは強いです!
東京に帰って来た時には、友人同士の飲み会で
みんなを思いっきり笑わせてくれます。
私よりずっと大変なはずのM母さんに、私はいつも
「銀月ちゃん、無理はダメよ!
グチメールでも何でも送ってくんのよ!」と
励まされています。


そして、M母さんのダンナ様(Hちゃんのお父さんですね)を始め、
姉妹ちゃんたちも実に明るく、
家の中やお互いを守っているんです。


イラストは、Hちゃんと、すぐ上のお姉ちゃんNちゃんの
イメージ(似顔絵は苦手なので・・・・)。
私は写真でしかこの2人を見た事がないのですが、
M母さんの話を思い出しつつ、
こんな感じの2人かなあ、と想像しながら描きました。


小さな身体で病気と闘っているHちゃん。
辛い治療に耐えながらも、絶対弱音は吐かないそうです。
私も病気と闘うひとりではあるけれど、
Hちゃんを「戦友」と呼ぶには恐れ多すぎる~!


頑張れHちゃん!
東京に帰って来たら、いっしょにお絵かきして遊ぼうねニコニコ