先日の朝、起き抜けの私に、母がぽそりと言った。
「Tちゃん、亡くなったんだって」
Tちゃん、と言うのは母方の従兄弟。
私より大分年上で、もう十数年以上?交流もなかったので
今の顔さえもよくわからない。
思い出せるのは、私がまだ小さい頃、
夏休みに田舎で遊んでもらった時の事・・・・。
私は、自分でも驚くほど冷静に、母に聞いた。
「自殺したの?」
「詳しくはまだ聞いてないけど、多分そうだと・・・・。
警察も来た、と言うし・・・・」
Tちゃんは、私と似た病を持っており、
最近はウツ状態がひどくて、自分の部屋にこもりっきりだった。
ある日の朝、
病気の後遺症で身体の自由が利かないTちゃんのお母さんが、
1階から呼んでも呼んでも降りて来ないので、
さすがにおかしいと見に行ったところ、すでに冷たくなっていたそうだ。
他に病気をしていた、と言う話も聞いていなかったから、
あまりに急な「亡くなった」との知らせに
私は「自殺以外ない」と思ったのだった。
元気な時は、夢見がちな事も言う人だったけれど、
お母さんを率先して病院へ車で連れて行ったり、
お勝手の事をやったりして、こまめな人だった、と言う。
私の仕事に興味があったのか、
何回かFAXをくれては「今度会いましょう」と書いてあった。
でも、病気のせいではあったんだろうけれど、
時々本当に「?」と思うようなFAXを送って来たりもしたので、
正直、「なんだろう、この人コワイ」と思わないでもなかった。
今になって返信もしなかった事を後悔しても、
「コワイ」なんて思った自分を責めても、
どうにもならないのだけれど。
私も紙一重なのに。
軽度重度はあれ、同じ病に苦しんでいたのに。
今となっては何もかも遅い・・・・・。
Tちゃんは、最後の方には外に出る元気さえなくなり、
2階にひきこもったきりで
お母さんが「お医者様に診てもらいなさいよ」と言っても
返事もしなかったらしい。
お母さんが元気な身体だったら、引きずってでも
病院へ連れて行ったかもしれないけれど、
身体が自由に動かないお母さんを責めるのは、
あまりにも酷。
「紙一重」。
そうだ。私も症状のひどい時は「死ぬ」事を考えないでもなかった。
死ぬ日を決めていた事もあった。
だから、Tちゃんの事を聞いても、
冷たいと思われるかもしれないけれど、
そんなに驚かなかったのかもしれない。
今は薬のおかげもあってか、多少不自由はあっても
私が「死」を考える事は少なくなった。
でも「自殺」と聞くと、今でもピクリと反応してしまう。
「ラクになりたい」と言って、人は自ら命を絶つ。
逝った先は、ラクな世界なのだろうか。
よく「自殺をしたら、そのままの状態で地獄で苦しみ続ける」と
言うけれど、実際見て、経験して来た人がいないから
(霊感のない素人の考えでは)、
自殺者は後を絶たないのだろう。
Tちゃん、今、ちょっとはラクになりましたか・・・・?
知らせを聞いた日の夜、
私は私の中で、Tちゃんとお別れをする事にした。
LFさんに勝手にお許しをいただいて、
「Wakare no kyoku」と「Happy Song」を聴きながら、
私が小さな頃に、
元気だったTちゃんと遊んだ光景を思い浮かべながら、
Tちゃんが安らかに眠る事をお祈りした。
なぜそんな時に「Happy Song」!?と、
LFさんにもファンの方々にも、怒られてしまうかもしれない。
Tちゃんは、選んではいけない方法で逝ってしまった。
でも、苦しみから逃れたくて仕方なく取った手段。
せめて逝った世界では、今度は幸せに、苦しみなく暮して欲しい。
そう思って、「Happy Song」を選んだ。
13日に買って来たばかりの、
「PIANO BREAKER~SPECIAL EDITION~」に入っている、
美しいホール・バージョン。
「Wakare no kyoku」も、「新しい旅立ちの曲」だと思っている。
Tちゃん、今お2人がTちゃんのために弾いてくれているよ・・・・
ステキな曲でしょう・・・・
涙は出なかった。
頭の中で、やっぱり小さな私と元気なTちゃんが、
笑いながら一緒に遊んでいた。
Tちゃんのご冥福を、心からお祈りします。
「エンジェリックブラッシュ」。
お薬を処方してもらう薬局には、
行く度に違う花が置いてある。
気温によって、花の色が変わって行く、との事。
