久しぶりのブログです。


先日、高野山へ行ってまいりました。


私にとって…いえ、失礼いたしました。

多くの方々にとっても「高野山」は特別な存在ですね。


空海・弘法大師が巡り定めた「四国八十八か所」のお膝元(車でおよそ15分圏内に札所が4か所もあります)に生まれ育った私にとっても空海は特別な存在です。

特に信心しているわけではありませんが・・・。
それでも、現在のように「スピリチュアル・カウンセリング」を始めるに至る過程で、空海はもとより密教には随分とお世話になりました。


これまでにも何度となく足を運んでいたのですが、今回はまた特別な意味があります。
それは、現在リーディングから始まりクリーニングとヒーリングを繰り返している、ある相談者のことでお願い事が有ったのです。

お願い事は・・・そんな相談者と私を支えて頂きたい・・・という極めて切実なものです。
(どう切実かと言うことは、相談者のプライバシーに関わることですので割愛させていただきます)


それにしても高野山・・・いいですね。
いつ来ても癒されます。

今回は車では無く電車で。高野山駅からはケーブル電車に乗りました。



ナチケータスの裔 初めて乗るケーブル電車は、その勾配のきつさにびっり!!

途中、窓から見える急斜面の緑が美しく、なんだか普段見ている地元の山よりも品が有るように見えるから不思議です(微笑)。


そうして辿り着いた高野山・奥の院。



ナチケータスの裔

しかし今回の奥の院は、これまでとは少し雰囲気が違っていました。
なぜだか少しざわついている・・・というか、厳かさが撹拌されたような。

辺りに聳える杉の巨木に触れてみても、あの懐かしい温かさが伝わってくるだけで特に変わった様子はありません。



ナチケータスの裔 柔らかい温かさが、掌を通して伝わってきます。


思い当たるのは・・・時間・・・。
いつもは車で早朝にお参りするのですが、今回は電車の為、すでにお昼を回っています。参道には多くの参拝客の姿。


先ほど山に感じた「品の良さ」とは一体何だと思いますか?
それはきっと、たくさんの人の思いではないでしょうか。


千年の時を経て、朝に昼にと数え切れないほどの修行僧が祈りを捧げ、数多の参拝者が願いを込め続けた山は、すでにそれだけで一個の山では無くなるに違いありません。
それほどに、人の「願い」とか「祈り」は強い力を持っています。
そんな「祈り」や「願い」が、いつもの朝より増すだけで境内の大気が変わってしまうんですね(微笑)。


次回は・・・やはり「車で」と硬く心に決めた私ですが、やはり高野山は特別でした。
慣れない電車移動でぐったりしていた私は、翌日のお仕事を随分と危ぶんでいたのですが朝起きてびっくり!
全く疲れが残っていません!

「あ~これも高野山のご利益かな」と、改めて感謝した高野行でした。