巫(かんなぎ)の林 紗妃です。
自分で生き方を変えると決めたとき、必要なことは必然的に起きます。
「自分にスナオに生きよう」
「正直になろう」
内側から湧き出る、そんな欲求は魂の自分で生きる入り口です。
これまで、あなたは人のために生きようとしていたのかもしれません。
あるいは、傷ついた気持ちを取り返そうとしてきたのかもしません。
もしかすると「自分のことはガマンするしかない」と、諦めていたのかもしれません。
そのときは、その方法で前を向き、進むしかなかったのだと思います。
今までのあなたを支える原動力になっていたに違いありません。
そこで積まれた経験値は、絶対にムダになることはないはずです。
一方、そのままでいることに、そろそろ限界に近づきつつあるのだと思います。
小さな違和感が出てきたり、今までの興味を失ったり、立ち止まったりすることが増えるのは、魂の自分による「生き方を変えたい」という合図です。
むしろ、これまでの経験値をめいっぱい、今度は「自分のために活かせる」時期が来たのです。
物事には順番やタイミングがあります。
今、課題が浮き彫りになったり、壁にぶち当たっている人は、逆に言うと「解決策にも光が当たっている」と言えます。
また、こうも言えます。
魂の自分が知っていることに目を向けることができる
得られる情報が多くなったところで、何を選ぶかは自分次第でしかありません。
「風の時代」ともてはやされる今だって、しっかり自分の足で立って、振り回されないように前を向くには、いつだって私が私でいることを確立するのは必須です。
これまで囚われていた既成概念や常識、固定観念を解放した、その先に「魂の自分」がいます。
それは現実を度外視して自己中心的に振る舞うことではなく、直面する事実があってなお、自分を見失わずに自分と世界を行き来する自由を得ることです。
そんな魂の自分の自分の中にある豊かさに目を向けたとき、現実もまた豊かさにあふれていることに気づけます。
ちっぽけだと思っていた、無力だったはずの自分が大きく輝いて見えます。
もとい、「ちっぽけに見える」のも「無力だった」のも、自分の思う自分に囚われているに過ぎません。
私は、人を無力だとは思わない。
いつだって立ち直る機会は必ず来るし、掴んで立て直す力は備わっている。
「これしかない」から「他にあるはず」という可能性に目を向けたとき、他からの後押しやサポートも必ず入ってきます。
自分にできることがある。
自分にしかできないことがある。
その確信を持って、自分の人生を歩むことができるのだと思います。

