巫(かんなぎ)の林 紗妃です。
このところ、脳みそからの既存パターンの書き換えでオーバーヒートするんで、後ろ首を冷やしてます。
アレよ、パソコンに重い処理させたら熱くなるから、冷却しっかりするのと同じ。
保冷剤をくるんだ手ぬぐいを巻く姿、誰にも見せられない。これからの季節は熱中症の予防にもなるけど。
それはさておき、蠍座の満月。
日曜午前5時頃から始まっておりまして、明日の午後17時半過ぎまで続きます。
蠍座の月って居心地悪いんですよね。
秘して出さず、言わずに実行みたいなところがあるし、感情が行き過ぎてしまってゼロヒャクになる、みたいなところがあります。
いいように使えたら、イチかバチかの覚悟を決めるとか、自分の秘めた真実に沿って動くとか、またはその真実を引き出せるとかになるんですけど、現実を目の当たりにすると、かえって「不都合な真実」と対峙することになったりして。
で、そんな月の満月なんで…対岸の牡牛座と組んで、「私の感覚と感情でワッショイ!」みたいな感じです(どんなや)。
この世のすべてがそうではない。
みんながみんな、納得いくものじゃない。
リクツでもなければ説明もできず、形にできるもんでもない。
そんな不合理、あるいは不条理とも言えるものを抱えて、さてキミは果たして何を選ぶ?
蠍座は天秤にかけないから、自分の感じることに逆らうなら、抑えてフタするか、スルーするしかできません。
できることしかできない中で、思う通りにいかない世の中で、それでも自分の選択は自由なのだと、その動機は自分の中にある確かな感覚なのだと、いかに信じきれるかどうか。
いえ、ひょっとしたら薄々気づいていたのかもしれません。
見て見ぬふりをしながら、誰もが理解できる形に押し込めようと躍起になっていたのかもしれません。
でも、それで苦しむのは自分です。
誰が認めてくれても満たされないのなら、きっと誰に知られずとも自分を満たすことが正解のような気がするのです。
呆れるほど、そこには貪欲な自分がいた。
夢に向かって、ガマンする自分が嫌になった。
テキトーに躱して流す自分の悲しみは誰も知らなくて、人に囲まれていても孤独は増すばかり。
離れていくのは人の心ではなく、誤魔化しによる自分の心だと、いつか気づくときが来るのでしょう。
抵抗しても、現実と取り引きしても、求めてやまない何かは、「これまで」の向こう側にあるのでしょう。
それを認めず、「引き受けてたまるか」と抵抗する自分が一番、悔しくて辛い思いをしているのかもしれません。
どっちも、大事なんだ。
でも、もう過去からくる期待よりも、自らの意志による未来を選ばなきゃ。
そう思いながらも、現状にしがみつく状態を打破するって、勇気がいります。
いつか、どこかで誰かが助けてくれるかもしれない。
こんな自分でも許してくれるのかもしれない。
そんな期待に囚われて、膠着状態のまま幾度となく朝を迎える日々は、いつまで続くのかな。
それでも、魂は既に自分の成すべきことを知っていて、必要な選択はできていて、全て自分の中にあるとしたら、嵐に耐える日々もまた無駄にはならないのでしょう。
一体これが、満月とどう関係するのかって思わなくもないけれど、つまりね、誰にも知らない葛藤を抱えているのは貴方だけではないし、そんな貴方を誰かが見てくれているってこと。知らないだけで、ね。
「私だけが知っていればいい」と、引き受ける覚悟が決まったなら、きっと愛される覚悟もできるのでしょう。
愛する努力ができない日々の中にあっても、そこら辺の石ころのように転がっている愛を知るときがやってくるのでしょう。
今、気づかなくても「それはある」と知ることはできます。
そうなんだろな、と頭の片隅で忘れないでいておく、それだけでいいから。
うっすらとした感覚が心と結びつき、確かな手応えとしてやってくる兆し。
正直になれたなら、いつでもそれはやってくる。
疑いに紛れずに、まっすぐに。
そんな満月、かもしれません。
情動が荒れてきたら、お水を飲んで、ゆっくりお休みください。
落ち着いた頃に、出てくる答えがあるから。