巫(かんなぎ)の林 紗妃です。

今日は旅のあとの変化のお話。



旅のあと、自分の存在という根幹にかかる観念の手放しが続きます。
「なんでこんなに時間がかかるの?」と思われるかもしれませんが、これには理由があります。

自分を「無条件」で信頼して、手放すこと意識する。

気づくだけで手放せる観念もありますが、それを手放すことに恐れや不安を抱いている場合は、心理的抵抗も入ってきます。

「既にそれが過去であることを認め、恐れを解放してから手放す」…と言えば簡単そうに聞こえますが、いざやってみると「手放そう」としても引っかかる…というか、完全には手放しきれないんですね。

そこで「自己信頼」が決め手になります。
つまり、自分の思うことに自分が素直に従えるかどうか。

とくに、自己肯定感が極端に低く、何かと「条件付き」や「理由ありき」で生きてきた私にとって、この「自分への『無条件の』信頼」が、とっても難しいことだったのです。

「今ここにいる自分の現実」を丁寧に見直したり、自分の思い込みに目を向ける必要もあれば、手放さない本当の理由を隠している場合もあるため、本音を出てくるまで待ったり…と取り組んで、やっと一つ観念を解放できる、といった有り様です。
「呪い」もありましたが、それを差し引いても心理的な壁も厚かったです。


自分を許し、受け入れる。
自分の選択を引き受け、従う。

幾度となく繰り返して、自分への信頼も回復していくと、そこにいたのは「許されない」と思い込み、それを自分で許すことすら考えられず、過去の恐れにしがみついてきた私でした。


私が、ただ私でいるのを認めて許せばいいだけで、どうあっても私は私でしかない。
そこに何の条件なんて必要ない。

そんな、当たり前のことにようやっと気づいたとき、悲しいような嬉しいような気持ちで、涙が出てきました。

このときのメモには、こんなことが書いてあります。

ただ引き受けたらいいだけだった。
私が許したら、それでいいだけだった!!!

思う通りにならなくても、どんな結果になっても受け止める。
どんな状況にあっても、なお自分ができる選択を探し続ける。


感情を感じることを恐れず、抑えることなく感じたままを受け止め、生きることにどんな条件もつけない。

それはまた、自分で生きる覚悟を決めて、その豊かさを無条件で受け取ることを決めた瞬間でもありました。



霧島の神さまメッセージは本日ご案内予定です。