ただいま出雲を旅する巫(かんなぎ)の林 紗妃です。



本日は朝から神在祭、そして神等去祭です。



ご神事に参加するために朝早く出ようと思ったら、「7時半に出ろ」と指定が。

言われた通りの時間にホテルを出て、大社内のテントまで行くと、なるほど受付はゆったりだし、席もずいぶんと空いていたのでした。

急いで来ても参拝も終わっているので、時間を持て余すとして、配慮して頂いたのかもしれません。
席を取ったあとは、ぶらりとお土産物屋さんをひやかしたりして、のんびりと神事の時間を待ちました。


そろそろ時間になり、ハガキを入口の警備員さんに見せて瑞垣内へと入ります。
日が出てきたものの、ヒンヤリと寒い御神域、今になってTさんがくれたカイロが、やっと役に立ちます。


始まる前の修祓では風が吹き、いざ始まってご神職の方たちが神前で一拝すると、空気感が変わります。
厳かな雰囲気の中、神事が進むにつれて風が吹いたり空が晴れたり陰ったりする様を眺めていました。


お昼は一旦ホテルに戻って荷物整理に励みます。
回るところ回ったから、別に無理にいる必要はないんですよね。
昼前は並ぶ駐車場も、昼下がりは落ち着くはずです。



そして神等去祭は、今年もベンチスタート(笑)
こっちもゆっくり来ていい、その前に上の宮に寄れと言われたのですが、先にこっちにしました。
後ほど、言われた意味を知って反省するのですが。

ぼーっと座って神楽殿から漏れ聞こえる祝詞を聴きながら、この10年を幸せだったと言える事そのものが、何より得難い贈り物だな、と思いました。


さて、では上の宮へ…って、閉まってるぅぅぅ!
中ではご神職が、お供物などをせっせと片付けていました。
そりゃ会議が終わったんだから、そうなるわな。

「だから言わんこっちゃない」とスサも呆れ気味。
一応セーフだったけど、スナオに言うこと聞いとけばよかったなあ…。


今度は日のあるうちに稲佐の浜から、神さまをお見送りします。
風が一層強くなり、はてや風に乗って帰ったか、あるいは別の場所に飛んでいった神さまもいたでしょう。


海はあちらとこちらをつなぐ場所でもあります。
常世と現世、この時期ならではの経路が開いていたのかもしれません。


帰りは神迎の道を通ります。

周りには誰もいません。



大社から抜け出して、一人きりで歩くこの時間が好きだと改めて思いました。


厳粛な空気の中で執り行われるご神事を尊いとは思うのですが、その空気感に合わせようとすると、どうも自分の何かが色褪せて、萎んでいくのです。

退屈な行事に無理やり参加させられた、子供のような窮屈さを感じます。



それでも参加していたのは、「神職でもないのにカミゴトに携わるなんて畏れ多い」という引け目や自信のなさから、少しでも裏付けを求める気持ちもありました。

でも、私の自由な神さまとの関わり方は、形式を重んじるご神事とは違うもの。
合わなくても、合わせなくていいものだと、ようやっと心から思えるようになりました。



客人神を見送り、しばらくはスサと一緒に歩いていましたが、そのうちオオクニヌシが追い付き、スセリヒメも来て、他の神さまたちも合流して…と、ぞろぞろワイワイとやかましいくらいです。



神さまと連れ立って、十年の振り返りや今回のテーマをもらったり、今回の旅の感想を聞いてもらったり…と、喋ることも尽きません。

神さまと連れ立って歩く、ひととき。
私の「神事」は、こんなにも自由で気軽です。

いつだって、そうだったのに「大多数の正解」を求める気持ちが、自分のやり方を認めるのを阻んでいたんですね。


ふと以前オオクニヌシに「ウラがオモテで、オモテがウラ」と言われたのを思い出します。
ご神事はオモテで、私のカミゴトをウラとするなら、私にとっては「ウラがオモテ」です。

それでいい。ただ違う。
それだけのこと。


なんだ、もっと自由でいていいんだ。
元から、もっと自由だったんだな。

どれだけ歴史ある伝統に則った権威ある型でも、自分を押し込めて色褪せていくなら、不要なものです。
これからはもっと自分の感性や霊性を大切にせねば。


10年目にして、やっと自分の巫としてのあり方を少し掴めたような気がしました。
もう、神事に参加しなくてもいいな。
少なくとも負い目を理由に参加することはない。


神さまたちが「やっと気づいた?」とほがらかに笑います。

知らないことはまだ沢山あるにせよ、それだけ伸び代があるということだし、人間的にも成長できると捉えておきます。


いつまで経っても、アタマを何度か打たないと学習できない巫です。



たくさんの気付きや祝福を頂いた出雲旅も、いよいよ明日で終わりです。