巫(かんなぎ) 紗妃です。
8月の半ばから、ずっと自分の恐れと向き合い、解放してきた中でわかったことがあります。
現実に迫るリアルな恐れほど
自分の生み出した幻想である
恐れは過去の出来事や記憶による学習でもあります。
そうしなければ生きてこられなかったのも事実です。
しかし、それはあくまでも「過去」に過ぎません。
「今、ここの私」という現実を生きるのには、不要であるばかりか足枷にしかならないはずです。
それでも、今なお自分の現実に横たわっている。
その現実から離れて、ずいぶん経つにも関わらず。
私はなにを恐れているんだろう?
なぜ恐れを抱えたままなんだろう?
これまでは、その理由がわかりませんでしたが、先月からお不動さんの力を借りるようになって、恐れに気づくスピードが加速すると共に、「それなしで生きていける」という確証がない以上、そこにしがみつく他ないという観念にも気づきました。
自分の根幹にある恐れほど、その思い込みが「それで生きるしかない」という考えを支持するために、自分に条件をつけたり、理由付けによって枠組みを作り出していたんですね。
それこそ、あたかも「それが実際の現実である」と錯覚を起こすくらいに、その強固な枠組みが自分にとっての現実となり、生きる世界になります。
当然、それが幻想と気づいたとき、その現実と世界は崩壊します。
傍から見れば単に「妄想から現実に帰ってきた」と捉えられることも、自分にとってはリアルであり、それのない世界なんて考えられないのです。
だから、気づくことを無意識に避けますし、恐れによって現実を強化し続けるという悪循環に陥っていました。
しかし形骸化している以上、すでにそれは「今の自分と現実」に即しておらず、条件付けや理由付けだけが残っている状態。
つまり、意識状態が過去に生きていることになります。
そこに気づくことができたら、解放されたも同然です。
その幻想の中で生きるか、手放して自由を得るかは、今の自分で選択できるからです。
邪気祓いヒーリングを通じて、お不動さんが伝えたかったのは「何かしらの条件なしには生きられない」という観念こそ幻想であることでした。
その幻想から解き放たれてこそ、はじめて自分を生きる自由を得られるんですね。
言葉にならない違和感や閉塞感の正体は、そんな自分の無意識に抱いている幻想なのかもしれません。
不動明王の邪気祓いヒーリングは、自分の生み出す幻想に気づき、手放すことを促して、今ここの現実を生きるための自己創造力を養います。
「既に生きていることに気づかせてくれる」といったほうが正しいでしょうか。
自分には、どれだけ根強い恐れがあったとしても、それが幻想であることにに気づいて手放す選択ができる力が宿っている。
お不動さんの邪気祓いは、その力強い内面の底力を引き出してくれるとも言えます。
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