巫(かんなぎ) 紗妃です。
このところ、思い込みや自分の作ったルールに気づいては解放しています。
存在価値の規範もその一つです。
根が深かっただけあって、エネルギーが大きく動いて疲れるのですが、解放された分のエネルギー循環もよくなります。
疲れたら休み、あるいはセーブして…と、臨機応変に動けるようになったことも相まって、ねば着くような倦怠感から、満たされる感覚のような爽やかな疲れへと、疲労の質も変わりました。
そんな風に深い部分での変化を経て、充実した時間を過ごせることに幸せすら感じながらも、なお私は焦っていました。
一体なぜ?どうすればいいの?
もうすぐ、あと少しのところまで来ているのがわかるのに、なぜか神さまレッスンのご案内に手がつけられないのです。
もうすっかり定番となったアイスロイヤルミルクティー。
焦っても解決できない…と、この日も喫茶店の片隅で気持ちを落ち着かせていました。
原因を探るため、手帳に思いつくまま書きつけているうちに、浮かび上がったのは自分の、仕事に対する価値観でした。
霊的感覚が開いたのをきっかけに、突き動かされるように感覚を磨きはしたものの、仕事にするには感情的に大きなためらいがありました。
「自分が決めたのではない」という認識も相まって、余計に忌避感も募らせていたのです。
しなくてはいけない、やりたくないこと
そんな認識を持ったまま、続ける理由を作るために、せざるを得ない状況にあえて自分を追い込むことで、なんとか続けていましたが、常にプレッシャーを感じていました。
重い義務感によって「できなくなったらどうしよう」という不安と恐れが常につきまとい、そのたびに解消しようとする焦りも生み出していました。
この数年で「やりたくない」という気持ちと向き合い、忌避感は解消していたものの「しなくてはいけない」という義務感だけは残っていたんですね。
する理由なんて「私の仕事だから」で十分では?
そこに理由、いる?
「私の仕事」だから、自由にしていいし、何かに縛られる必要もない。
せざるを得ない状況になろうが、なかろうが、それは仕事をする本来の理由にはならないはず。
巫は、私にとって不可分なアイデンティティだ!
ペンを滑らせながら、そう手帳に書いたとき、内側から何かが抜ける感覚と同時に、神気を浴びたような眠気が来ました。
でも目は冴えているのです。
心なしか、視界も晴れた気がします。
これで終わりじゃない気もする。
何かが始まっている?
すると、そこにタヂカラさんの声がふってきました。
「これで動ける」…と。
その自覚こそ、必要だったもの。
その意味を理解する前に、体感の範囲が広がって、重さのない圧を感じました。
そして、人一人分の何か、魂と言えるようなものが入った…というか、パズルのピースのように全身にスコンとはまったのです。
自分のありようを自覚して、アイデンティティが確立された?
理由付けと義務感から解放されて「ただ、そうある」状態になったことで、エネルギーが根幹から渦巻いているのを感じます。
深い部分の大きい動いとき、逆に内面はとても静かになるようです。
また自分の根幹から、ガラッと変わった。
これで一区切りと思いきや、今回はさらにその先がありました。
次に続きます。
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