巫(かんなぎ) 紗妃です。
…って言ってる、今日は中の人のほう。
沖縄旅はホントにインパクトが大きかった。
汚れた服を洗濯して、途中まで気持ちよくフローラルな香りに包まれていたのに、脱水直前で粘度の高い泥水が入って慌ててやり直す、みたいな旅だった。
まあ事故だよ、事故。そんなこともある。
それでも、かえって自分の目指していたことや価値観が明確になったし、なんなら自分のパワーの源も発見できた。
陰極まって陽になる、とはまさにこのこと、
転んでもタダでは起きねえよ。
ろ過が終わって思い出したのは、お地蔵さんに元気よく挨拶していた幼い頃の記憶だった。
そんな素朴な光景が、意外にも巫としての原風景のみならず、源泉でもあった。
ふしぎなもので、自覚すると存外パワフルなことに気付かされる。
大きく道を逸れずに済んだのは、この記憶のおかげかもしれない。
過去の記憶なんだから、揺るぎようがないし。
パワスポとかレイラインとか、スピリチュアルな観点はますますピンと来なくなった。
かといって龍だの五芒星だのも、よくわからない。
好きな人も、信じる人も否定はしないけれど。
日常の営みのなかで祈る素朴な光景が好きなんだ。
ちょっとそこのお稲荷さん。道端のお地蔵さん。
信心とか信仰とか、そんな宗教的な枠組みのみに収まらない、この国の見えないものとの関わり方は、なんて自由で愛しいんだろう。
私の巫の原点は、そういうなんてことないあり方の延長線上に過ぎないと思っている。
自分の「強さ」も自覚し始めたのは、そんな揺るぎないものが根幹を成していることに気づいたからかもしれない。
素朴で温かくて、優しいものが私の源泉だ。
また一つ、私の中にあるキレイなものを表にできた。
いや、元から表にあったんだよ。
ただ、それが「源」であることに気づかなかっただけでね。
沖縄に行ったのは、あくまでも戸隠旅の一環。
強みを呼び覚ますだけでなく、そんな認識や自覚の方向も開放してくれるのが、戸隠の岩戸開きの後押し。
それは人から見てすごいと言えるものじゃなくて、あんがい自分にとっては普通で、特別じゃないもので形作られているのだろう。
青い鳥はすぐそばにってやつだ。
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