2年前の今日は新月だったみたい。
まだ家を探している最中だった。
引っ越すのはこの一週間後で「プライベートの転換期」として書いている。
届けているのは「希望」だから。
神さまの後押しやメッセージで、何かが劇的に変わる訳じゃない。
でも、そこに救われることもあるから。
厳しいことを伝えることもあるけれど、それは確かに愛がある。
できないことを言いはしない。
向き合えないことを伝えはしない。
それを知っているからこそ、こうして続けている。
神さまメッセージについて、こんなことも書いていた。
偶然にも神さまメッセージを今日も送った。
神さまには愛がある。
それはなんでも受け入れる、というものではなく、想うからこそ厳しいことも言うわけで。
前に進むためには時に休むことも必要だし、省みなくてはいけないこともあるのを教えてくれる。
キレイゴトでまるく収めるなんて、しない所が私は好きなんだな。
で、件の「私の物語」を書いたのは今年。
まる一年以上かかったなぁ。
自分のことすら知るのにはタイミングってあるもんだよ。
消化しなきゃ書けなかったから、時間がかかったけどよかったと思っている。
まだ早いかな、と思いつつ今年を振り返るとやっぱり怒濤の一年だった。
成長する、先に進むというよりは、自分の内側の安心感を作ることに心を砕いていた。
それもまた「変化」なのかもしれない。
それによって、自分と人との境界線もずいぶん引けるようになったように思う。
自分の努力もあるけど、やっぱり神さまがいないとできなかったことだな。
日に日に「生かされている」ことを強く実感している今日この頃。
うまく言えないけれど、自分を思いっきり解放することが、神さまと繋がる回路も強化して、「あちらのセカイ」が更に近くなったのを感じる。
やっぱり神さまは自分達を知ってほしいんだ。
そばにいる、力になれるって。
見えないからわかんない、じゃなくて感じることはできるんだよ。
だからこそ安心して自分に戻れるし、そこから流れを変えられる。
それは自分でも実感するし、お客さまを見ていてもそう思う。
「生き辛さ」が「生きていてよかった!」に変わるとき、自分というたった一人の人間が、どれだけ素晴らしいかってわかるんだよ。
何でもできる、どこまでも行ける。
無垢な赤子のように、魂に従うことの大切さ。
オトナになったからこそできることがあることを伝えていきたいと思うよ。
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