旅立ちの朝、空港で届いた一通のメールは、これから会うKさんからだった。
内容だけに掲載するか迷ったし、載せるにしても一部になるか…などと考えていたけど、お話しをしたときに「全文でも構いません」と仰ってくださった。
なら、私が手を加えるのは失礼だろうと考えて、そのまま載せることにした。
いただいてからずいぶん経っているのですが、11月出雲の神さまメッセージの感想をお伝えしたくて。
なかなかの長文になってしまったので、お時間のある時に読んでいただけますと幸いです。
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『キミの来年はイイ一年になるよ!なんて言ったってボクがついているからね!
そんなに警戒しないの。幸せ逃げちゃうぞ。「笑う門には福来たる」って言うだろ?』
最初の二行。
ここまでで涙腺決壊でした。今でも涙ぐみそうになります。
大好きな大国主さまからのメッセージだったこと。
イイ年になると断言してくださったこと。
ついていてくださるということ。
嬉しくて嬉しくて、ずっと張りつめていたものが解ける感覚がして、涙が止まりませんでした。
便箋を濡らしちゃいけないと思っておでこのあたりに避難させて、しばらく泣いていました。
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2017年は、今までの人生の中で大きな出来事が重なった年で。
8月、27歳の妹に癌が見つかりました。
子宮頸がん。
初期…とは言えないくらい進行していて、すぐ隣の足の付け根のリンパ節にも転移していました。
9月に手術をして、子宮卵巣全部と周りのリンパ節を摘出。
朝から夜中まで15時間の手術でした。
“5年生存率”という話も出ていました。
子どもが好きで、保育科に進み、幼稚園の先生としてがんばって、「この人と結婚したい」と両親に彼氏を紹介した矢先のことでした。
彼との子どもを産むことができないということが可哀想という言葉ではとても足りないくらい堪らなくて…
今でも私は“妹が自分の子どもを産むことはできない”という実感は湧きません。
私が妹のためにできることはあまりにも少なくて…
「どうか妹のことをお願いします」と神さまへ手を合わせること。
プレッシャーをかけないように明るく普通でいることくらいでした。
妹が一番甘えられて、弱音が吐けるのはやっぱり母なので、それならば私は母のフォローをしよう。
「きっと大丈夫」とどーんとかまえて冷静でいよう。笑顔でいよう。
2017年の下半期は、ただただ不安な感情を抑えて、必死に笑っていました。
でも悪いことばかりではなくて、
少しでも妹が幸せであるようにと家族の絆が強くなりました。
友人や私の職場の人たちもとても心配して励ましてくれて有難かったです。
妹の病気が発覚する前、
1月に愛犬が空の向こうへ旅立ちました。
とても悲しかったし、寂しかったけれど、ミニチュアダックスフントで享年17歳となかなか長生きをして、長く苦しむこともなかったので、「寿命だよね。今までありがとうね」という気持ちでした。
7月末には、同居していた96歳の祖父の認知症が進み、家で看るには母の負担が大きすぎる…ということで老人ホームへの入居が決まりました。
母が万全の態勢で、妹のフォローができる状態になりました。
私は仕事も忙しくなく、9月10月と学生時代からお世話になっている演劇ユニットでのお手伝いを引き受けていたので、家のことで疲れた時には、大好きな人たちとの空間へ逃げることができていました。
妹自身も、結婚諸々のことを考えて3月で幼稚園を退職したところで、仕事を気にせず治療に専念することができました。
あまりにタイミングが合っていて、
神さまやご先祖様、見えない世界の方たちが助けてくださっているんだと思わずにはいられませんでした。
手術日も祖母の命日と重なって、
「きっとおばあちゃんが守ってくれる。大丈夫。」とみんなで言っていました。
ただ、いい年だったかと問われると頷けない…
小さな癌細胞が身体のどこかに潜んでいるかもしれない。
11月から開始した抗がん剤治療も副作用がひどくて、とても辛そうでした。
そんなときに、『来年はイイ一年になるよ!』と言っていただけて救われたのです。
絶対に大丈夫だとは思っていないけれど、それでいいんです。
何かあっても、「あの時はこうだったね。あれがあったからこそこうなれたね。」と言える未来が来るんだと信じることができました。
今は妹も元気になっています!
「この子が私の子ども!」とダックスの仔犬をむかえました▽^ェ^▽
なかなかのやんちゃ坊主で手を焼いていますが、良いママをやっています。
彼氏と同棲も始めて、もうそろそろ入籍を考えているようです。
幸せになって欲しいと、心から思います。
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そして私の話もざっくりと。
妹のことがあったので、家族を安心させるために私も検診を受けておくかな…と思っていたところに不正出血がありまして。
婦人科へ行って診ていただくと、子宮筋腫と内膜症による卵巣嚢胞、いわゆるチョコレート嚢胞が見つかりました。
深刻な状態でもなかったので経過観察でもよかったのですが、直近での妊娠希望もないし、この機にお腹の中をきれいにしておこう!ということで3/1に腹腔鏡手術を受けました。
癒着がけっこうあったので、5月末にもう一度手術を受ける予定です。
こちらは自分でもびっくりするくらいショックがなくて。
妹の入院生活を見ていましたし、同じ病院の同じ病棟、同じ主治医の先生だったので、流れや雰囲気が想像できてあまり不安に思わなかったです。
私の方はずっと楽ですが、妹と似たような体験ができることで、少しでもわかってあげられるかな。寄り添えるかなという気持ちもありました。
初めての入院ドキドキワクワク!という好奇心もかなりありました(笑)
とは言え、周りに心配かけないように強がっている自分も自覚はしていました。
妹にはもう子どもはできないので、両親に孫の顔を見せてあげるために婚活しなきゃ!
とも思っていたところだったので、足止めくらったなぁ…という想いもありました。
卵巣機能は落ちているので、赤ちゃん授かれるのかな…という不安は今もあります。
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そんな状態でいただいた神さまメッセージ。
『僕たちだって未来のことについては外れることもあるんだから、心配したって損でしょ。』
何をしても変わらない未来なんてそう多くないですよね。
変えることができるかもしれないのならチャレンジしてみよう。
もし結果的にダメになったとしても、動いたことに合格点をあげられるかもしれないから。
警戒してガチガチになるのではなく、辛いことも悲しいことも経験できることを楽しんでいこうと思います。
せっかくこの世に生きているんですから、面白いことはやってしまった方が得ですよね。
そしてそして『ボクとびっきりのギフトを来年用意してるんだ!』とのこと!
もう「早く来年こーい!!!」って叫びたくなりました(笑)
『今はヒミツだけどー(だって言ったら面白くないじゃない!)』とか、
ギフトって気づけるのかな…と心配するのを見越して
『きっとわかる。これってわかる。』と言ってくださったりとか心配りが細やかで。
これがプレイボーイたる所以か…と思いました。
もう心置きなく、手のひらの上で転がされます(笑)
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そして紗妃さんからのお手紙も、とてもとても嬉しかったのです。
便箋の裏にまでびっしりメッセージを書いていただいて…
なんと言えばいいのかな…
その場限りのお仕事ではなく、フォームからぽんと申し込んだだけの見ず知らずの私と真剣に向き合ってくださっていると感じて、とても有難かったのです。
本当にありがとうございました。
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今日からの出雲旅は、手術前に宿を取りました。
自分へのご褒美を先に置いておこうと思って。
大国主さまとスサノオ様に会って、メッセージのお礼が言いたくて。
あと、旅までに元気になるぞ!という目標設定もありました。
手術が終わって、身体が回復したらリスタートという気持ちだったので、この再出発直前の時期に出雲へ行けること、さらに紗妃さんにお会いできるということは、決して偶然ではないと思っています。
紗妃さんも色々と変化して、物事が動き出した様で。
そんな時にお会い出来るのをとても嬉しく思っています。
たくさんお話できますように(*^^*)
いただいてからずいぶん経っているのですが、11月出雲の神さまメッセージの感想をお伝えしたくて。
なかなかの長文になってしまったので、お時間のある時に読んでいただけますと幸いです。
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『キミの来年はイイ一年になるよ!なんて言ったってボクがついているからね!
そんなに警戒しないの。幸せ逃げちゃうぞ。「笑う門には福来たる」って言うだろ?』
最初の二行。
ここまでで涙腺決壊でした。今でも涙ぐみそうになります。
大好きな大国主さまからのメッセージだったこと。
イイ年になると断言してくださったこと。
ついていてくださるということ。
嬉しくて嬉しくて、ずっと張りつめていたものが解ける感覚がして、涙が止まりませんでした。
便箋を濡らしちゃいけないと思っておでこのあたりに避難させて、しばらく泣いていました。
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2017年は、今までの人生の中で大きな出来事が重なった年で。
8月、27歳の妹に癌が見つかりました。
子宮頸がん。
初期…とは言えないくらい進行していて、すぐ隣の足の付け根のリンパ節にも転移していました。
9月に手術をして、子宮卵巣全部と周りのリンパ節を摘出。
朝から夜中まで15時間の手術でした。
“5年生存率”という話も出ていました。
子どもが好きで、保育科に進み、幼稚園の先生としてがんばって、「この人と結婚したい」と両親に彼氏を紹介した矢先のことでした。
彼との子どもを産むことができないということが可哀想という言葉ではとても足りないくらい堪らなくて…
今でも私は“妹が自分の子どもを産むことはできない”という実感は湧きません。
私が妹のためにできることはあまりにも少なくて…
「どうか妹のことをお願いします」と神さまへ手を合わせること。
プレッシャーをかけないように明るく普通でいることくらいでした。
妹が一番甘えられて、弱音が吐けるのはやっぱり母なので、それならば私は母のフォローをしよう。
「きっと大丈夫」とどーんとかまえて冷静でいよう。笑顔でいよう。
2017年の下半期は、ただただ不安な感情を抑えて、必死に笑っていました。
でも悪いことばかりではなくて、
少しでも妹が幸せであるようにと家族の絆が強くなりました。
友人や私の職場の人たちもとても心配して励ましてくれて有難かったです。
妹の病気が発覚する前、
1月に愛犬が空の向こうへ旅立ちました。
とても悲しかったし、寂しかったけれど、ミニチュアダックスフントで享年17歳となかなか長生きをして、長く苦しむこともなかったので、「寿命だよね。今までありがとうね」という気持ちでした。
7月末には、同居していた96歳の祖父の認知症が進み、家で看るには母の負担が大きすぎる…ということで老人ホームへの入居が決まりました。
母が万全の態勢で、妹のフォローができる状態になりました。
私は仕事も忙しくなく、9月10月と学生時代からお世話になっている演劇ユニットでのお手伝いを引き受けていたので、家のことで疲れた時には、大好きな人たちとの空間へ逃げることができていました。
妹自身も、結婚諸々のことを考えて3月で幼稚園を退職したところで、仕事を気にせず治療に専念することができました。
あまりにタイミングが合っていて、
神さまやご先祖様、見えない世界の方たちが助けてくださっているんだと思わずにはいられませんでした。
手術日も祖母の命日と重なって、
「きっとおばあちゃんが守ってくれる。大丈夫。」とみんなで言っていました。
ただ、いい年だったかと問われると頷けない…
小さな癌細胞が身体のどこかに潜んでいるかもしれない。
11月から開始した抗がん剤治療も副作用がひどくて、とても辛そうでした。
そんなときに、『来年はイイ一年になるよ!』と言っていただけて救われたのです。
絶対に大丈夫だとは思っていないけれど、それでいいんです。
何かあっても、「あの時はこうだったね。あれがあったからこそこうなれたね。」と言える未来が来るんだと信じることができました。
今は妹も元気になっています!
「この子が私の子ども!」とダックスの仔犬をむかえました▽^ェ^▽
なかなかのやんちゃ坊主で手を焼いていますが、良いママをやっています。
彼氏と同棲も始めて、もうそろそろ入籍を考えているようです。
幸せになって欲しいと、心から思います。
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そして私の話もざっくりと。
妹のことがあったので、家族を安心させるために私も検診を受けておくかな…と思っていたところに不正出血がありまして。
婦人科へ行って診ていただくと、子宮筋腫と内膜症による卵巣嚢胞、いわゆるチョコレート嚢胞が見つかりました。
深刻な状態でもなかったので経過観察でもよかったのですが、直近での妊娠希望もないし、この機にお腹の中をきれいにしておこう!ということで3/1に腹腔鏡手術を受けました。
癒着がけっこうあったので、5月末にもう一度手術を受ける予定です。
こちらは自分でもびっくりするくらいショックがなくて。
妹の入院生活を見ていましたし、同じ病院の同じ病棟、同じ主治医の先生だったので、流れや雰囲気が想像できてあまり不安に思わなかったです。
私の方はずっと楽ですが、妹と似たような体験ができることで、少しでもわかってあげられるかな。寄り添えるかなという気持ちもありました。
初めての入院ドキドキワクワク!という好奇心もかなりありました(笑)
とは言え、周りに心配かけないように強がっている自分も自覚はしていました。
妹にはもう子どもはできないので、両親に孫の顔を見せてあげるために婚活しなきゃ!
とも思っていたところだったので、足止めくらったなぁ…という想いもありました。
卵巣機能は落ちているので、赤ちゃん授かれるのかな…という不安は今もあります。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
そんな状態でいただいた神さまメッセージ。
『僕たちだって未来のことについては外れることもあるんだから、心配したって損でしょ。』
何をしても変わらない未来なんてそう多くないですよね。
変えることができるかもしれないのならチャレンジしてみよう。
もし結果的にダメになったとしても、動いたことに合格点をあげられるかもしれないから。
警戒してガチガチになるのではなく、辛いことも悲しいことも経験できることを楽しんでいこうと思います。
せっかくこの世に生きているんですから、面白いことはやってしまった方が得ですよね。
そしてそして『ボクとびっきりのギフトを来年用意してるんだ!』とのこと!
もう「早く来年こーい!!!」って叫びたくなりました(笑)
『今はヒミツだけどー(だって言ったら面白くないじゃない!)』とか、
ギフトって気づけるのかな…と心配するのを見越して
『きっとわかる。これってわかる。』と言ってくださったりとか心配りが細やかで。
これがプレイボーイたる所以か…と思いました。
もう心置きなく、手のひらの上で転がされます(笑)
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
そして紗妃さんからのお手紙も、とてもとても嬉しかったのです。
便箋の裏にまでびっしりメッセージを書いていただいて…
なんと言えばいいのかな…
その場限りのお仕事ではなく、フォームからぽんと申し込んだだけの見ず知らずの私と真剣に向き合ってくださっていると感じて、とても有難かったのです。
本当にありがとうございました。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
今日からの出雲旅は、手術前に宿を取りました。
自分へのご褒美を先に置いておこうと思って。
大国主さまとスサノオ様に会って、メッセージのお礼が言いたくて。
あと、旅までに元気になるぞ!という目標設定もありました。
手術が終わって、身体が回復したらリスタートという気持ちだったので、この再出発直前の時期に出雲へ行けること、さらに紗妃さんにお会いできるということは、決して偶然ではないと思っています。
紗妃さんも色々と変化して、物事が動き出した様で。
そんな時にお会い出来るのをとても嬉しく思っています。
たくさんお話できますように(*^^*)
お届けしたのは年の暮れ。
その時はまた出雲に行く予定なく、まさかお会いすることになるとは知るよしもない。
お悩みやご事情をご感想で知るたびに「神さまからのメッセージだからこそ」の働きを思う。
人よりも高い視点をもつ神さまだからこそ、その言葉に救われたり、素直に聞き入れられたのは、私も同じだった。
本当に、転がすのはうまい。
とくに出雲に鎮座しておる人は一級。
きっとこれから何度でも転がされるんだろう。
このときはメッセージとは別に、私からの年の瀬のご挨拶のお手紙も同封した。
わざわざ私が書かなくてもいいのに、メールでもよかったはずなのに、こんないらんことして…なんて思いながら、全員に書いた。
神さまメッセージよりも長くなった。
それすらも心で受け取ってくれたのが嬉しかったし、出雲にもお持ちくださった。
見せてもらったのにもう思い出せないのは、両方とも彼女のものだからなんだと思う。
神さまからのメッセージは、私の言葉はただの道具になる。
それでいいと思う。
人生に大きな波は誰でもやってくる。
ふと影が射すことも、穴が空くこともある。
誰にも言えないから、神さまがよかった。
神さまが言ってくれたから、光を届けられた。
そのお手伝いができる私は、心底幸せ者だと思う。