朝焼けに染まった日射しが好きで、寝ぼけ眼をこすりつつ散歩に出た。

思い出して泣きそうになるのはなぜだろう。
そもそも何か具体的なことを思い出しているわけじゃない。


皆どこかで泣いて、歯を食いしばって、霞む視界に希望を見ている。
泥沼にしか見えない闇を抱えていたとしても、必死で可能性もすくいだそうとしている。


要領がいいように見える人の半分くらいは、それを隠すのもうまいんだろう。
ごまかしているのも、あるかもしれないけど。

ひとときの安寧でも、ないよりはずっといい。
再び戦場に戻るとしても、その時ぐらいは羽を伸ばせたらいい。

ふ、と空虚になったときは、代わりのもので埋めるのではなく、自分の内にあるものを引き出して満たされたらいい。


無条件で怒りを感じるのは、自分から目をそらして可能性を殺しているとき。

美しいと思うのは、痛みや辛さを抱えてなお今ここからの自分を諦めない姿。


同じところをぐるぐるしているのは、きっと自分の頑なさすら認めてないってことなんだろう。
それならいっそ認めて土台にしてしまえ。
お日さま教の礼拝中は、こっちを向いてくれない。

後ろ姿が凛としていて、そっとその場を離れた。



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