夜の、しかも満月の稲佐の浜なんて行くもんじゃないね。
車のライトに照らされた岩を見たとき、これはアカンやつって思った。即座に回れ右。
夕暮れの浜をのんびり歩いていればよかったのにな…。
客人は日が落ちたらご神域に入っちゃダメなんだってこと、すっかり忘れていた。
そんなこともあって、ダメダメな私が大噴出したのは満月のせいだと思いたい。
「ビジネス」として考えるならば、本来それを見せるのはダメなんだろう。
自信をもって、もっているように見せて、人の役に立つことやポジティブな日常だけを書いていればいい。
だけど、そうして出さないまま押し込んだネガティブなことは、どう昇華したらいいのかな?
身近な人にだけ打ち明けて、また元に戻れたら一番いいけど、その取捨選択の枠が狭すぎて息詰まりそうになる。
だから、もうその場しのぎで自分を取り繕うのは諦めて、思ったことはブログでだってオープンにしようと思った。
迷ったり悩んだりして神さまの力を必要としているのは私も同じ。
そもそも私が神さまに助けを求めていたはずのに、なぜいつのまにか私が窓口になっているのでしょう?
ミイラ取りがミイラって、こういうことも含めるんだろうか。
努力した分だけの自信は全くないとも言えないけれど、なんだかあんまり多くない気がするよ。
だから、自信を持って神さまのメッセージを届けていますとは、まだ言えそうにない。
なんで他の人は自信を持ってできるのかな。
落ち込んだりすることも、悩むときもあるのかもしれないけれど、さらっと次に行っているように見える。
まだ私にはできそうもないから、こうしてモニョモニョしててる。
今だって「本気の縁結び」の意味は、今でもわかっていない。
どんな人と出会っていきたい?
また会いたいのは誰ですか?
そんな問いかけをされているような気がして、昨日は「自分と向き合う人に会いたい」と言ったものの、早くも「本当にそうなのだろうか」と疑問の声があがっている。
会いたい人だって、本当に私は会いたいと思っているのかな。
会わなきゃいけないのを無理に会いたいに変換しているだけなのかも?
疲労感も相まって、様々な疑問やら思いやらがない交ぜになってまとまらない。
ただひとつだけ言えるのは、答えを知ろうが知るまいが勝手に導かれていくし、自信があろうがなかろうが、できることを続けたら結果はついてくること。
ヘタレだろうがチキンだろうが、避けて通れない道に背かないなら、それなりの未来はあるんだと思うよ。
過去から見た私のそれなりの結果が、今の私なんだから、それは間違いない。
イイ線いってる、とは思えなくても、そう悪くないと思えるなら、全くゼロじゃあないってことだ。
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