厄払いのときのお話です。
2月におばあちゃんから宅急便が届き、その中にお守りと紙が入っていました。
今年の節分にも家督(かとっ)さんのところにお守りをもらいに行ってくれたそうです。
漢字で「家督」と書き、「かとく」と読むのでしょうが、
鹿児島弁では促音便化して「かとっ」さん(かとっさん)と言っています。
おばあちゃんの話によると、昔は失せ者があったりよくないことがあったりすると、
占ってもらいに行っていたそうです。
私のところにはまっ赤に白抜きで「黒星」の印が。
どうやら今年1年間は厄年らしいのです。
そういえば、最近、細々とした嫌なことがいっぱいあるなぁと感じていたので、
厄年のはんこに納得。
以前、利尻岳登山中、橋から落ちて肋骨を骨折したことがあったのですが、
後から厄年だったことがわかり、やっぱり厄年にはいいことがないことを実感させられました。
なるべく早く「厄払い」をしてもらおうと思って、3月の連休に帰省したときに
家督さん(かとっさん)のところで厄払いをしてもらうことにしたのです。
おばあちゃんとむーきんぐと私の3人で家督さんのところに出発!
家督さんのところに行く途中、田の神さまを見つけました。
伊佐市はおいしいお米「ひのひかり」で知られる田園地帯なので、
あちこちで田の神様を見かけます。
狭い路地の先に家督さんの、常徳山 寶覚寺がありました。
なんとなく怪しい雰囲気を感じます。
常徳山 寶覚寺なので、お寺かと思っていたのですが、本格的なお寺というわけではありません。
民家とお寺がくっついたような感じです。
主のお坊さんが出てきて、私たちを祈祷の場というような薄暗いところに案内しました。
なんとなく写真撮影はしない方がよいような気がしたので、デジカメはかばんにしまいました。
まず、生年月日を見てもらいます。
やはり私は厄年。
1年間はよくないから、悪いことがあっても、「この程度で済んでよかった」と思うようにしなさいとのアドバイス。
むーきんぐは前厄。
驚いたことに3歳、5歳、7歳は厄年らしく、七五三はお祝いではなく、厄払いの意味合いがあるそうなのです。初めて知りました。
厄なのは私とむーきんぐなのですが、おばあちゃんも一緒に厄払いをしてもらえることになりました。
厄払いが始まりました。
われわれ3人が神妙に座る前で家督さんは、木魚を叩きながらお経を唱えはじめました。
時々大きなリンをボワ~んと叩きます。
むーきんぐは目を開けて周りの様子を探っているらしく、
「はい!めをつぶって!」(←おばあちゃんが目をつぶったから)などと私に指図します。
お経を唱えながら、家督さんは、時々われわれのところへやって来て、数珠をねったり、お払いをしたりし始めたのですが、その様子を見ていたむーきんぐがゲラゲラ笑いはじめました。
ひどくゲラゲラ笑うので、私もつられてしまいます。
笑いをこらえるために、ずっと下を向いて我慢していました。
厄払いの場は、家督さんの読経とむーきんぐのゲラゲラ笑いが響き渡り、
厄払いの効果がどんどん消えてゆきそうな気がしていました。
しかし、むーきんぐがゲラゲラ笑う中、読経や厄払いの作業を淡々と続ける家督さんの
プロ魂には脱帽。
15分から20分くらいで厄払いが終わり、早速おばあちゃんと私で、
むーきんぐの無礼をお詫びしたのですが、
家督さん曰く、「小さな子はこんなもんですよ。」
慣れていらっしゃるようです。
われわれが家督さんのお話を聴いているとき、なぜかむーきんぐが少しずつ前へ前へじりじりと進んでいきます。
前の方にいったかと思うとサッと木魚の鉢を取って、木魚を勝手に叩きはじめました。
厄払いの間もずっとチャンスを狙っていたようです。
家督さんも「たたいていいよ」とおっしゃったので、今度は木魚の鉢でリンを叩きはじめました。(仏壇で拝むときにチーンとたたく金属製の器のような道具の直径が40cmくらいあるやつ。)
家督さんに、「それはそのばちで叩くのではないよ!」と言われたむーきんぐは、
さっと鉢を持ち替えて、鉢の柄の部分でリンをならしていました。
違うんだよ!別の鉢で叩かなくちゃいけないんだよね。
日頃、小心者のくせに、とんだところで、怖いもの知らずです。
おばあちゃんも厄払いの最中、むーきんぐがゲラゲラ笑うので、おかしくておかしくて
笑いをこらえるのに必死だったそうです。
厄払い後も、厄年を実感することが結構あります。
むーきんぐのゲラゲラのせいで、効果が逃げてしまったのかもしれません。