年賀状と恩師〜ラ・マルセイエーズの思い出〜 | ヨシベエの観劇感激日記

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ミュージカル好きのヨシベエのブログです。特にミュージカル俳優の平方元基くんの大ファンです。映画と音楽も…あ、それからプロ野球の広島カープも大好きで、観劇と映画鑑賞の感想を中心に、時々カープのことも熱く語りたいと思います。よろしくお願いします。

年賀状はずっと残してある?

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基本、残してますね…

見返すことはあんまりないですけどね!σ(^_^;)

届いた年賀状よりもむしろ、毎年基本的に家族写真を自分たちで印刷して送っているのですが(ひょっとして迷惑だった?!σ^_^;)、昔のそれを見るのが楽しみだったりします…てへぺろ飛び出すハート



年賀状の思い出として一番心に残っているのは、高校の世界史の先生とのやり取りです。


その先生はすでに定年退職されて、時間講師として授業だけを担当されていたんですが、私はその先生のことが、ドラえもんのような体型も含めて?!大好きでした。おねがい

その先生は、「勉強は自分でするものだ!」という信念がおありで?!
授業そのもの(要するに教科書の解説的な講義?)はあんまりせず、雑談ばかり?!(⌒-⌒; )

といっても、その内容は太平洋戦争中のご自身の体験に基づくものが多く、私はすっごく「勉強」になる!と思ってワクワクしながら聞いていたものです。照れ

(でも、点取り虫!?の男子とか、英語や数学なんかの他の勉強〈いわゆる「内職」〉をしている人も多かったんですけどね…むかつき


例えば、仏文科出身であったその先生はフランス語ができるということで、フランスの植民地であったベトナム・カンボジア方面からフランス語の電信を傍受してそれを翻訳していたとか、その基地が大阪城の地下にあったとか?!

あるいはその先生が旧制中学校時代、その学校に国際連盟を脱退した外務大臣の松岡洋右が来て講演会をしたとか…

3年の最後の方では、受験に際して、受験は勝ち負けじゃないけどの前置きをしながら「勝って驕らず、負けて腐らず」の名言!?を贈ってくれたり…


うん、でも一番の思い出は、「フランス革命」の授業の時に、マルセイユからやって来た義勇軍が歌い、のちにフランス国歌となった「ラ・マルセイエーズ」をフランス語で歌ってくれたことかな?爆笑


「ラ・マルセイエーズ」を歌うジャイアンドラえもん…ラブ




ああ、今思い出しても、やっぱり大好きです!笑い泣き


その先生と、私が就職してからですが、毎年ずっと年賀状の交換をしていました。

子どもが生まれて子どもの写真入りの年賀状を送ると、「可愛い!可愛い!」を連発してくれて…


いつか子どもを連れてご挨拶に行きたいと思っていたのに、思うだけで実行できず…


何年かして、その先生からの年賀状が途絶え、どうしたのかな…
と思っていたら、しばらくしてその先生の娘さんから丁寧なお手紙をいただき、先生は数か月前にすでに亡くなっていたことを知らされました。

娘さんは結婚されて県外に住んでおられ、先生は奥様を亡くされて以降、ずっと一人で暮らしておられ、亡くなった時も一人だったそうです。

先生が年賀状に書いて送ってくださった、うちの子どもたちに対する「可愛い可愛い!」という言葉…

どんな気持ちで書いてくださったんだろうな… 
って思うと、悲しくて涙が出てしまい…えーん

やっぱり思い切ってお訪ねすれば良かった!
って、今もその後悔の念は消えません…


たかが年賀状!
されど年賀状!?
 

年賀状だけで繋がっている関係だって、私にとっては細い「蜘蛛の糸」のようにも思えて、本当に大切にしたいと思うんですが、それでも、そうやって「繋がって」いる間に、人間関係が希薄になりつつある今だからこそ!?
やっぱりできるだけ実際に会って、お互いの存在を確認し合う?!ことも大事じゃないかなって、思ったりするのです…



【今日のレイちゃん】

↑ 「遊ぶ」という言葉を覚えたレイちゃん