あけましておめでとうございます。 | サイレントルーツの実

サイレントルーツの実

先住民文化と歩く毎日のつれづれ。
食・子育て・自然農・鉱物や菌類。癒し。語りべ。
民族楽器とともに語る昔話への道・先住民の方々との日々。
淡路島移住生活・母子疎開支援

平成最後の大晦日。
皆さんどんな晦日を迎えているのでしょうか。

皆さんがこれをみるのは年が明けてからだと思います。

...

私はこれから岡山へ。
自分がさらに進む道を問いに行きます。
 

今年は昨年離婚して足を折ってからの、ゼロからの出発でした。
心臓も悪くしていたのでまずは体の建て直し、今まで自分が施してきた療法を自分自身に生かす時と、新たな技や手法を自分自身に試し習得するため、ホースセラピーに関わり始めたり、足のケアでパーソナルトレーナーさんと出会ったり、野草生活を追求したり、手作りもぐさを作ってみたり、お灸三昧生活、昇ってくる朝日と共にヨガでセルフケアに勤しみました。
また9月に師匠が亡くなり、私はどこに立つのか。
先住民の方々との再会、新たな出会いの中で、これから何を大切にしていくのか。
明日目覚められなくても後悔しないための、何が好きで何が嫌なのか。
改めて足場の確認と言うか足場がための年でした。
 

そして今は平成最後の年末。

振り返ると平成はハラスメントが叫ばれ始め、ひとつの大きな節目の時代だったのではと思います。

私個人は私の誕生日にみんなが喪服を着ていて。
ちょっとばかり人より身近な人を見送ることが多い、それからの生活を象徴するような私の平成の始まりでした。


DVの家を飛び出し、結婚し、子どもが生まれ、子育てし、原発避難。その間、何人見送ったでしょう。60人くらいでしょうか。
毎月のように喪服を着ていた時もあり、人とのご縁が恐ろしくなった時期もあります。
また実家の母を守るためにあらゆる機関に働きかけ続け、少しづつハラスメントとは何か見えてきた年月でもありました。
特にここ3年は濃い時間でした。
昨日笑いあった人と今日また出会えるのは奇跡なのだ、
朝目覚められるのは奇跡なのだと痛感した数々。
正直なところ、なぜこんなことが、と未だに心の整理はつきません。
だからこそ。
自分が何を感じているのか、深くつながり。
紡いだご縁、瞬間をひとつひとつ大事にして、一瞬一瞬を出会っていくのです。 


今年からは(書いている途中で年が明けました)少し流れが変わる、個人,日本や世界的にも。そんな感じがしています

どんな流れの変化でも紡いだご縁で、または,

ひとり自分の中とつながり、一瞬一瞬を出会っていけば流れにおぼれることもなく水面に目を出して岸にたどり着けると思います。
その岸はきっと今までとは違う、新しい世界なのでしょう。
今、少し気の引き締まった、未知への期待を、岡山のとある神社で迎えています。 


あけましておめでとうございます。
皆様にさらなる幸せが待ち受ける年でありますように。