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五年ほど前から、
詩のような小説のような、
そんなものを書きたいと思っていた。
改行せずに長々と文章を書くのは、
あまり好きではない。
ブログというものが、
その、少し詩的な小説まがいのものには、
ちょうどいい媒体なのだと、
最近やっと気付いた。
サイキックと霊能。
これらは別個に扱われることが多いようだ。
確かに別物といえば別物なのだろう。
私にはそれらの方面の能力は、まったくない。
だから、
ここでこれから私が書く内容は、
完全に私の想像の産物に過ぎない。
そう、
私の話は100%フィクションなのだと、
最初に断っておきたい。
「始末屋として復帰しないか?」
師匠は唐突に切り出した。
いつも何の脈絡もなく、脳内に話しかけてくる。
「始末屋? なぜ?」
私は聞き返した。
心の声で返事をするようにしているが、
つい言葉として、口に出してしまうこともある。
それが人前だったりすると、ひどく後悔する。
「お前、仕事しろよ、引退してる場合じゃない」
師匠は、目には姿が見えない。
それでもなんとなく周りにいる。
何か用事があるときだけ、私に声をかける。
耳では聞くことのできない声で。
「始末? 誰を?」
だいたいの見当はついていたが、一応確かめた。
私のところに回される仕事は、
ほかの人たちがやりたがらない事柄が多い。
「犯罪者だ」
いちいち分かりきったことを、という感じで、
師匠はひとことだけ吐いた。
「強くて面倒な連中?」
それぞれの地域で、担当者は既にいるはずだ。
彼らにとって荷が重い強者...
であろうことは想像に難くない。
「......」
師匠からの返事はなかった。
答えるまでもない、という意味だろう。
「肉持ちの相手も多いはず」
仕事を受けるかどうか即答せず、私は絡んだ。
私は師匠をからかうのが好きだ。
師匠の方は、それを好まない。
肉、とは生身の人間のことだ。
この世で一般には不可視であるはずの存在が、
力の容器として、潜伏する隠れ蓑として、
生身の人間を所有していることは、実は多い。
「相手が肉を持っていた場合、
その人間を、害することもありえますが」
私は、またも無駄口を叩いた。
師匠はこの手の初歩的なことには返答しない。
「この話、受けるのだな?」
しびれを切らした師匠が、確認を急いだ。
「喜んで」
私は淡々と答えた。
師匠「子供殺しの件だが...」
私「連続子供殺し事件?」
師匠「そうだ」
私「いま日本のあちこちで起こっている...」
師匠「......」
私「一件一件は独立した...」
師匠「......」
私「大人による連続した子供殺し?」
師匠「そうだ」
師匠が仕事の話を持ってきた。
いつものことなのだが、
詳しい説明などはあまりしない。
基本的には、自分で考えさせるのが師匠流だ。
私「あれって、単独犯?」
師匠「......」
私「日本の各地で何人もの大人に憑依して...」
師匠「......」
私「次々と子供を生け贄にしている者が...」
師匠「......」
私「いるんですね?」
師匠「......」
よくあることだ。
血の贄は、美味しい御馳走である上に、
貴重なエネルギー源となる。
ただし、
そういう行為は処分の対象となりうるが。
処分されるか否かは、
その時代の、そしてその地域における、
管理責任者の方針にもよるし、
実行犯と処分担当との力関係にもよる。
取り締まる側の手に余る犯人であれば、
実際問題として、放置されてしまう。
私「最近、急に増えたというか...」
師匠「......」
私「矢継ぎ早に連発してるというか...」
師匠「......」
私「妙だな、とは思ってましたが」
師匠「......」
静かな師匠。語る私。
私「本当に単独犯ですか?」
師匠「......」
私「変な組織の末端とかじゃないでしょうね?」
師匠「......」
私「調査も含めて私に一任ということですか?」
師匠「......」
師匠は寡黙な人だ。
典型的な職人肌の仕事師タイプであり、
自分にも他人にも厳しい。
無論、私にも厳しい。
そう、私が子供の頃から、
これまでずっと師匠は私に厳しかった。
姿の見えない師匠の存在を知ったのは、
ほんの数年前のことだが、
私が生まれた時からひたすら私を見守って、
成長期、そして成人してからも、
師匠が私を陰ながら指導してきたことを、
私はあとから理解した。
そして、
これまでの自分の数十年を振り返ってみて、
師匠の私への指導方針が、
どれだけ厳しかったか、私は知った。
師匠「頼むぞ」
私「わかりました」
私はこの件を引き受けた。
「今の会話、聞いていたな」
何もない空間に私は話しかけた。
「今夜のうちに片を付ける」
さらに私は、姿の見えない誰かに声を掛けた。
師匠ではない、別の誰かに。
「最近の一連の子供殺しを全て洗え」
部下に対するような口調で、私は命令を発する。
信頼できる絶対的な部下とでもいえる存在。
「目星がついたら知らせろ」
ひとこと伝えるごとに、これまでの絆を思い出す。
どれだけ修羅場を共にくぐってきたことか。
「公開処刑にしよう、人目の多い所がいい」
処刑...響きがあまり優しくない。
しかし適当な言葉がほかに見あたらない。
「私はこれから車で新宿にいく、そこでやろう」
夜の新宿。車で訪れる夜の新宿。
いい忘れていた。
私は東京に住んでいる。一人暮らし。
近辺には、家族も親戚も友人も知人もいない。
私はいつもひとりだ。
夜の東京で私は、人目につかないように、
こっそりと単独行動を取っている。
夜の闇に溶け込むように、暗い深海を潜航するように、
誰ともつるまずに夜の時間を歩いている。
そうなのだ。
私は生身の人間とは誰ともつるまない。
「標的を捕捉したら知らせろ」
私は念を押した。
「もう捕捉してます」
私が話しかけていた相手である、私の「カゲ」が、
姿を見せないまま脳内に届く声で答えた。
私の部下であり相棒であり守護役である、
私の「カゲ」が。
私は車で夜の新宿を目指した。
途中、私とカゲはいくつかのやり取りをした。
運転しながらの脳内での会話だ。
私「単独犯か?」
カゲ「そうです」
私「何者だ?」
カゲ「動物です」
カゲがいう動物とは、
この世に生を受けた動物のことではない。
見えない世界での玄妙な動物のことである。
一見、四つ足の動物に見えても、
必ずしも常時四つ足のままとは限らないし、
時には必要に応じて人型にも変化する。
羽が生えて飛ぶものもいるし、
危険を察知すると巧妙に姿を消すこともある。
そして何より、
この物質的な世の中で問題を起こすような動物は、
ほぼ例外なく気性が荒く、血を好む。
そうではない穏やかな動物もたくさんいるのだが。
私「なんでそんな動物なんかが...」
カゲ「......」
私「所轄の手に負えないんだ?」
私は所轄という言葉をよく使う。
問題のある行動をしたものを取り締まる係の中で、
いわば地域の警察のような存在を指す。
カゲ「合体してるんです」
私「合体?」
カゲ「30体くらいが合体して一匹になってます」
私「......」
カゲ「それで強くなってます」
私「ほう」
カゲ「......」
私「所轄が狩れない理由はそれか」
動物の中には、時にこういう相手がいる。
数十体が合体しているとさすがに強力になる。
ちなみに、
生粋の人型はあまり合体はしない。
したとしてもケンカになって別れやすいようだ。
私「なんで日本全国のあちこちで活動したんだ?」
カゲ「それは...」
私「......」
カゲ「テリトリーを全国に広げることで...」
私「......」
カゲ「憑依対象を増やしたということでしょう」
この世のものではない存在たちは、
ごく日常的に、物質的なこの世界に干渉している。
よくあるのが憑依である。
憑依とは、心へのハッキングのようなものだ。
人間の心に干渉して、狙い通りの行動を起こさせる。
狙った人間に何をさせるかはいろいろだ。
暴言、傷害、レイプ、殺人、さまざまなものがある。
そして、
ハッキングされて操られるようにやってしまった行為は、
基本的には衝動的な行動となる。
その結果その人間は、
あとから冷静に振り返ったときに後悔する。
なんであのとき自分はあんなことをしたのだろう、と。
憑依されやすい人間には、決まった傾向がある。
ハッキングされて暴力をふるってしまう人間は、
もともと暴力的な人間であるし、
憑依によって殺人を犯してしまう人間は、
元来、衝動的に人を殺してしまう可能性があった人だ。
反対に、
自分は絶対に盗みなどはしない、という意志の固い人なら、
どんなに誘惑的な状況でも、
どんなにハッキングが上手い者が憑依を試みても、
盗みを働いたりはしないものだ。
何事にも動じない堅固な心をもつ人間は、
霊的存在から心を陥落させられることは少ない。
とはいえ、
それほどの人物はほとんどいないわけだが。
カゲ「つまり」
私「......」
カゲ「手っ取り早く子供殺しをさせやすそうな...」
私「......」
カゲ「そんな対象をほぼ毎日捕らえるために...」
私「......」
カゲ「広い範囲で動いたようです」
随分と安直な手口だ。
よほど幼い血に飢えていたのだろう。
その、飢えに苛まされていた30体ほどの動物たちが、
寄り集まって合体したことにより、
突如、狂ったように連続憑依に及んだのだろう。
カゲ「犯行時の動画、見ます?」
私「え?」
カゲ「動物の記憶の中に残ってたものですが」
私「そんなの入手したのか!」
カゲ「......」
私「見せてみろ」
視覚とは異なる脳内のビジョンで、
私は犯行時の動画記録をついつい見てしまった。
車を運転している最中なので、
普通の視覚では車外の風景を見ているのだが、
それと並行して、脳内の映像を見ることも可能だ。
私はその凄惨な動画を、
ほんの数分の間だけ確認し、そして辟易とした。
その数分間はとても長く感じられた。
私「もういい、もう見たくない」
カゲ「......」
私「十分だ」
カゲ「......」
私「酌量の余地はない」
カゲ「......」
私「ハンターたちを差し向けろ」
カゲ「はい」
ハンターとは、
私のカゲの中で、狩りを専門とする連中のことだ。
私のカゲはひとりではない。
いろんな分野の専門家たちが、驚くほど多く存在する。
それが私の特徴だ。
そしてそれが、
私がこれまで生き残ってこれた理由なのだ。
標的である動物に対して、
私はさっそく仕掛けることにした。
カゲに向かって矢継ぎ早に命令を下していく。
夜の街、車を走らせながら。
「標的の周囲を固めろ」
私のカゲの中には標的の周囲を制圧する集団がいる。
「標的を見失うな」
私のカゲの中には標的を同定し追尾する集団がいる。
「標的を捕らえろ」
私のカゲの中には標的を捕獲する集団がいる。
「新宿の駅前に移してハリツケにしとけ」
車はもうすぐで新宿に到着しようとしていた。
「動きは止めておくように」
標的の身動きが全く取れなくなるということである。
「加藤、準備しろ」
加藤とは、トドメを刺す役割の私のカゲのひとりだ。
私のカゲたちは、全て私が無から生み出した。
数え切れないくらいのカゲの中で、
ある特殊な連中には名前がついている者もいる。
名前のつけ方はいつも適当だ。加藤とか田中とか。
新宿駅に着いた。
様々な種類のたくさんの人混みで溢れている。
「加藤、カケラさえも残すな」
標的の抹殺を私は命じた。
一瞬で破裂してバラバラになった標的の姿が、
私の脳内のスクリーンに浮かんだ。
その炸裂した肉片のひとつひとつがさらに破裂し、
この繰り返しで、
文字通り標的はカケラさえも残さずに消滅した。
加藤はかつて、
何人もの相手を霊的に封殺した。
肉持ち、つまり人間として生きている相手もいたし、
そして無論、
肉を持たない霊的な存在のみの相手もいた。
肉持ちの相手が霊的に封殺されると、
この世に生を受ける人間としてどうなるかというと、
多くは何となく精気を失い元気がなくなる程度だが、
明らかな鬱病になったり、
病気や事故で入院することもある。
加藤のような封殺の最終実行者は、
私のカゲの中ではひとりだけではない。
もっとたくさんいる。それぞれ特性や特徴がある。
私はそれらを、状況や目的によって使い分けてきた。
師匠が私に復帰の話を持ちかけた際、
私はこの手の裏稼業からは引退していた。
それまでは、
私は数年間こっそりと手を汚すような仕事を続け、
そして嫌気がさして引退を決意した。
およそ一ヶ月前のことだ。
しかし、
結局たった一ヶ月しか休めなかった。
師匠の誘いに乗ってしまったのは何故だろう?
正直にいうと、決断にあまり悩まなかった。
この理由については、
これからじっくりと自分の中で確かめていきたい。
当面、始末屋として働きながら...
新宿のような繁華街には、
一般には不可視のはずの存在が無数に集まっている。
いかがわしい者たちも多い。
今回、連続子供殺しの犯人であった動物を、
新宿のような場所で目立つように殺したことには、
ちょっとした意味がある。
いわゆる「見せしめ」としての。
毎日、日本のどこかで殺人事件が起こる。
それは仕方がない。
大昔からそうだった。今はむしろ減った方だ。
そして、それらの出来事の裏では、
ウマい汁を吸うために蠢く霊的原因もいたりする。
それも仕方がない。
大昔からずっとそうなのだから。
しかし目に余る行為というものもある。
今回の、ほぼ連日に渡る連続子供殺しなどはそうだ。
それはさすがにやり過ぎだろう、
という判断がどこかで誰かによって下され、
おそらくそれで私に始末依頼が来たのだろう。
もっと間隔を空けて散発的にやっていたら、
多分問題とはされなかった...のではないかと思う。
私は帰途についた。
うかつにも脳内スクリーンで垣間見てしまった、
何人かの犠牲者の子供たちを悼んで、
私は少しだけ合掌した。
始末屋として仕事に復帰した二日後、
次の仕事の話がきた。
ヤクザの捕縛だ。
ヤクザといっても、
無論この世の実世界におけるヤクザではない。
別世界における組織のことだ。
ここでヤクザという言葉を使うのは、
この世のヤクザと実態がとても似ていて、
これ以上合うような言葉がないからだが、
完全に同じかといえばそうでもない。
話は師匠がもってきた。
例によって用件を短く伝えるだけで、
詳しい事情は説明しない。
あちらの世界におけるヤクザ組織のひとつが、
ある計画を立てていたらしい。
かなり巧妙な仕掛けを用意しておいて、
相当数のこの世の人命を奪って収奪しようという、
大胆な企みだったらしい。
しかし、その計画は実行前に白日に晒された。
所轄がその動きを事前に察知し、
巧妙かつ大胆な仕掛けを潰したとのことだ。
そして所轄は、ヤクザ組織の頭領や幹部に対して、
ごく当然の成り行きとして、逮捕状を出した。
問題はここからだ。
所轄が逮捕できないでいるのだ。
異世界における、そのヤクザに相当する組織が、
強力な戦闘能力を有しており、
所轄が組織の本部に直接的に実行力を行使できず、
事実上、いまだ野放しになっている状態らしい。
私に話がきた仕事とは、
その、強力なヤクザ組織の本部に立て籠もっている、
頭領や幹部たちを逮捕することだ。
おとといの動物狩りよりも楽しそうだ。
私は無表情のまま口元を緩ませた。
師匠はたった一言しかいわなかった。
捕縛できない一派を捕縛しろ、
たったそれだけだ。
その一言だけでは全く意味がわからないので、
私は即座に自分のカゲに調べさせて、
やっと具体的な事情を知ったのだった。
それが前述の内容だ。
異世界におけるその組織が、
この世の多くの人命を贄として狙ったという、
その「仕掛け」とやらについて、私は興味をもった。
そしてそれをカゲに尋ねた。
カゲ「いま世間を騒がせているアレですよ」
私「アレ?」
カゲ「......」
私「アレといわれてもわからない」
カゲ「......」
実をいうと、師匠だけでなく私のカゲも、
異世界の出来事とリンクするこの世の出来事を、
詳しく私に知らせることをしたがらない。
告げるときも必要最低限にとどめようとする。
その、知らせたがらない理由はいくつかあって、
そのひとつをあげると、
この世で人として生きる者にとっては、
異世界のことなどあまり詳しくは知らない方が、
必要以上に悩まずに生きていけるのだそうだ。
だがこれは仕事の話だ。
この時の私は、あえてカゲに吐かせた。
カゲ「耐震偽装です」
私「あ、マンションのアレか?」
カゲ「そうです」
最近、大きな社会問題として発覚し、
連日ニュースで報じられだした、
まさにその問題こそが「仕掛け」という意味だろう。
私「ああ、アレな」
カゲ「......」
私「中規模の震度の地震でも倒壊してしまって...」
カゲ「......」
私「多くのマンションの住人の人たちが...」
カゲ「......」
私「死んでしまうかもしれないという...」
カゲ「......」
私「例のアレだな」
アレ、を私も連発することになり、
自分でも苦笑してしまった。
私「しかしそうか」
カゲ「......」
私「あの問題は、背後で糸を引いてる連中が...」
カゲ「......」
私「しっかりといたわけだ」
よくあることだ。
旅客機事故、海難事故、列車事故、大火事などの事故、
のみならずさまざまな自然災害、
これらの多くの惨事の裏で、
霊的に干渉して仕掛けて儲けている連中がいる。
そう、こういうことは、
怖いくらいによくあることなのだ。
「しかしだな...」
私はふと浮かんだ疑問を出そうとした。
ちょっと考えればすぐに気付くことだ。
私「日本全国のすべての建築物が...」
カゲ「......」
私「なんら設計や建設に落ち度がなく...」
カゲ「......」
私「しっかりと規定の耐震性を...」
カゲ「......」
私「実現できているかといえば...」
カゲ「......」
やはりそのことを突っ込んできたかと、
カゲのただただ黙っている気配を私は感じつつ、
そのまま続けた。
私「それはとても疑わしい」
カゲ「......」
カゲはあまり答えたくはない様子だ。
私の独り言は止まらない。
私「考えてみれば...」
カゲ「......」
私「あらゆるビルやマンション...」
カゲ「......」
私「高速道路や新幹線の線路など...」
カゲ「......」
私「十分な耐震性が守られているのか...」
カゲ「......」
私「疑い出せばキリがない」
カゲ「......」
これはとても微妙な問題だ。
私たちは毎日、自分の身の回りの建築物を、
そう簡単には壊れないものだと信用して、
なにげなく暮らしている。
もし、周囲の建築物を信じることが、
まったくできなくなってしまったら、
乗り物にも乗れず、買い物もできず、職場にもいけない。
日常生活が成り立たなくなってしまう。
私「今回の件は、例によって...」
カゲ「......」
私「あまりにもやり過ぎだということで...」
カゲ「......」
私「表沙汰になったのだろう?」
カゲ「......」
これは異世界の組織についてもいえるし、
耐震偽装のこの世の当事者たちにもいえる。
私「規模が大きすぎて、程度があからさまで...」
カゲ「......」
私「だからこそ騒がれているだけで...」
カゲ「......」
私「じゃあ、小さい規模のものは...」
カゲ「......」
私「放置しててもいいのかと...」
カゲ「......」
私「なるんじゃないのか?」
カゲ「......」
私はどこか変にマジメなところがある。
こういう仕事は黙ってこなすだけこなして、
あとは余計なことは何も考えない方がいいのだ。
私「......」
カゲ「......」
少し間をおいてカゲがやっと口を開いた。
カゲ「それ以上はあえて触れない方が...」
私「......」
カゲ「利口な生き方ではないかと」
私「......」
その通りだ。
あまたあるであろう小さな規模の違法建築にも、
それぞれ背後に異界の存在がいたとして、
それら全部を処分対象にしようなどとしたら、
とてもやり遂げられるとは思えない。
そしてなにより、
この世に生きる人として、
身近な建築物に対して不信を抱かない方が、
きっと気楽に暮らせるはずだ。
たとえそれが無根拠な信頼であったとしても...
私「よし、こう考えよう」
カゲ「......」
私「この国は、きっとほかの国よりも...」
カゲ「......」
私「ずっとマシなはずだ」
カゲ「......」
私「日本に生まれてよかった」
カゲ「......」
私「ははは」
いらないことばかり考えてしまい、
つい仕事にとりかかるのが遅れてしまった。
私「しかし、この組織の仕掛けについて...」
カゲ「......」
私「よく所轄はネタをつかんだな」
カゲ「......」
このことに関しては、素直にすごいと感じた。
どんな事件や事故であっても、
未然に防ぐというのは、大変に難しいものだ。
カゲ「それはですね」
私「ん?」
カゲ「所轄の諜報担当が...」
私「......」
カゲ「自分を犠牲にして曝いたそうです」
私「!!」
所轄の諜報担当...
情報収集を仕事とする連中のことだろう。
潜入捜査でヤクザ組織に潜り込んだり、
囮捜査で自ら囮になる者もいるらしい。
私「この件の仕掛けのネタを曝くのに...」
カゲ「......」
私「体を張って身を捨てた仕事をした者が...」
カゲ「......」
私「いたんだな?」
カゲ「そうです」
私はこの手の話にとても弱い。
子供が死んだとか、
情報収集の段階で覚悟の犠牲者がいたとか、
そういうことを耳にすると、
いつも手抜きができなくなってしまう。
情けないくらいに私はとても弱い。
「標的を全員、正確に捕捉しろ」
私はカゲに指示を出した。
「もう捕捉してます」
カゲは私に答えた。


