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拙い日々の記録

30歳になって初めての妊娠・出産を迎えた私の
日常と過去の記録です。

赤ちゃんのお世話をしながら
日々感じたこと、忘れたくないことを
綴っていけたらとおもいます。

旦那さんが帰っていったあとの入院生活は
体の回復に努める日々となりました

ベビーニコは黄疸が出て、
旦那さんとの時間を過ごしたあとすぐ
治療に入り
私はお裾の痛みと、
動くと下にドンッと引っ張られるような
グラグラした感じに耐えながら
とにかく横になっていましたショボーン

横になっていても
縫合あとのひきつりなのか
ベッドが合わないのか
すぐお尻や背中が痛くなり、
実家から持ち込んだ毛布で厚みを足して
何とか痛くない体勢を作っていましたてへぺろ


産後二日目には
お裾の打ち身がだいぶ引き、
壁に手をつかなくても真っ直ぐ立って
歩けるようになりました爆笑キラキラ
ドンッと引っ張られるようなふらつきは
残っていましたが
貧血検査には引っ掛からず、
その日の夕方には
シャワーが許されました照れ
それまでは洗顔と体拭きはしてたけど
ようやくさっぱりおねがいルンルン
この日、黄疸の治療が終ったベビーニコ
午後から就寝までの間、母子同室になり
初めて二人きりになりました

一通りお世話の方法を習ったものの
思ってた以上に小さくか細い娘真顔
まだ体温調節が上手ではないとのことで
タオルを三重に巻いて
布団を被っていて、抱き上げても
娘を抱いてるというより
タオルの塊を抱き上げたような感覚ガーン
泣いたら一通りのお世話をして寝かしつけ
この時はお腹がホントに空いてたのか
ただ何かの音に驚いたのか
抱き方がしっくり来ないのか分からず
さわるのも恐る恐るで
夕方お見舞いに来た母の顔を見て
心底ホッとしました照れ

母に見てもらいながらお世話をして
帰ってからは恐る恐る授乳の練習を。
乳首の形が悪いようで、中々上手く吸えず
ナースステーションに相談に行くと…
①乳首の形が悪い
②娘の吸う力が弱い
③乳管が開いていない
と言われ、
②は娘の体重が増えないと力がつかないので、今は一旦体重増加を優先すること。その為、直母は練習と思って、基本的にはミルクをあげること。母乳がでなくなるといけないから、搾乳をしていくこと。
①は娘に吸って慣れてもらうのが良いが、一先ずはニップルを使って練習すること。
③は今夜からマッサージをして、母乳が出るようにすること。
今夜というか入院中は、夜は新生児室に預けて、黄疸と体重の管理をして、母体はとにかく回復を最優先すること
と、助産師長さんに言われましたガーン

ショックだったけれど、
あまりにもちっちゃい娘に
何かあることの方が怖いし、
母乳の出が悪そうだということは
母に指摘されて薄々気付いていたので、
プロにお任せすることにしましたえーん

このお話のあと早速おっぱいマッサージおいで
噂には聞いていたけど
これがまぁとにかく痛い!
カッチカチで岩のようになったおっぱいを
無理矢理揉むんだから当たり前なんだけど
師長さんは自他共に認める
『痛いマッサージ』をするお方アセアセ
その代わり、
どんな【胸】も【おっぱい】にしてきた
そうで、
その中でもわたしはまぁまぁ手強い方
だったそうです。
私が出産したときには満月だったからか
出産ラッシュで、
ママさんが6人程いたそうなんですが、
一目見たときから、
この人は私の担当だな
と思ってらしたそうです笑い泣き(笑)

雑談をしながらマッサージすること30分。
全身は痛みによる脂汗と冷や汗でグッショリ滝汗
でもおっぱいはふわふわに口笛

おぉ、言うだけのことはあるおねがい
と思っていたら、
3時間後にもう一回ね、それまではイモシップをして、血流をよくしましょうニヤリルンルン
と、とても楽しそうに仰いました…えーん

でもこのあと
3時間毎に2回マッサージを受けると
自分で搾乳出来る位にまで、
柔らかいおっぱいへと進化したのでした爆笑