参考までに、これまでの私のシラット歴について、簡単に書いておきたいと思います。

 

私は決して武術が上手な人間ではありません。物覚えもあまりよい方ではなく、身体を器用に動かせるわけでもないのです。それでも武術そのものが好きで、興味を持った団体があれば実際に稽古へ参加することを続けてきました。

そのため、技量はともかく、これまで参加した武術団体の数だけでいえば相当なものになります。シラットだけではなく、カリやエスクリマなどのフィリピン武術、そのほかの東南アジア系武術にも顔を出してきました。

すべてについて詳しく書くと非常に長くなってしまうため、今回はこれまで参加した中でも印象に残っている団体について、ほんの一部だけ記録しておきます。

 

まずは、伝統シラットの団体です。

こちらは競技や試合への出場を目標として練習を行う、かなり本格的なシラット団体でした。形だけを覚えるのではなく、試合で実際に動ける身体を作ることが重視されていたように思います。

練習量も多く、内容はかなりハードでした。体力づくりや反復練習にも十分な時間が使われており、参加した当時の私は、周囲についていくだけで精いっぱいだったことを覚えています。

日頃から鍛えている若い方や、競技に本気で取り組んでいる方にとっては、とてもよい環境だったと思います。一つの動作を身につけるために何度も繰り返し、身体が疲れてからも動き続ける。そのような稽古には、競技武術ならではの厳しさがありました。

正直なところ、楽な練習ではありませんでした。ただ、稽古が終わったあとの達成感は非常に大きなものでした。

難しい練習を最後までやり切ったという感覚があり、身体は疲れていても気持ちは充実していました。私がもう少し若く、体力にも余裕があったならば、ぜひ継続して取り組みたかった団体です。

競技としてのシラットに関心がある方や、試合を目標に本格的な練習をしたい方には、とても適した場所だったのではないかと思います。

次に参加したのが、アーバンシラットです。

こちらは技術体系そのものが非常に玄人向けで全体的に上級者向けの内容という印象を受けました。

稽古に参加している方々も、武術を始めたばかりという人はおらず、長年にわたり何らかの武道や格闘技を続けてきた方がほとんどだったように思います。

そのため、基本的な身体操作や距離感については、ある程度できることを前提として稽古が進んでいたように感じました。

扱われている技術も複雑です。一つの攻撃に対して複数の動作を組み合わせ、打撃や崩し、関節技などへ連続的につないでいきます。

先生がデモンストレーションを行うと非常に滑らかで、見ているだけでも勉強になりました。一方で、私にとっては技術があまりにも難しく、正直なところ、完全についていくことはできませんでした。

私はもともと複雑な手順を覚えることが得意ではありません。右手と左手を別々に使い、さらに足運びや身体の向きまで合わせるとなると、途中で混乱してしまいます。

アーバンシラットの技術は興味深く、非常に洗練されていると感じましたが、自分の能力や習得速度には少し合わなかったのだと思います。

先生は若いとても穏やかな方でした。威圧的な態度を取ることもなく、団体全体の雰囲気も良好で、参加者同士も落ち着いて練習していました。

教室としては、とても素晴らしい場所だったと思います。

ただし先生はかなり身体の大きい方でした。私が武術を学ぶうえで一つの目標としているのは、小柄な人間が自分より大きな相手に対抗することです。

そのため、大柄でいかにも強そうな先生が行う技術を見たときに、同じ動きを小柄な人間が再現できるのだろうかと考えることがありました。

もちろん、大きな体格の方が教えているからといって、技術が体格だけに依存しているとは限りません。それでも、私が武術に求めている方向性とは、少し違いがあるように感じたのも事実です。

 

技術の高度さや団体の雰囲気には非常に魅力がありましたが、私自身の能力や目標とは完全には一致しませんでした。

 

次に、ローコンバットという団体にも参加しました。

こちらはオーストラリア人の先生が指導しており、かなり実践性を意識した内容でした。

伝統的な型や競技向けの技術というより、現実の喧嘩や暴力的な状況でどのように動くかを重視している印象があります。

技術も非常に直接的で、相手を素早く止めることを目的としたものが多く見られました。細かな形を整えることより、まず相手に対して有効に動くことが優先されていたように思います。

実践的な護身や喧嘩への対処法を求めている方にとっては、非常に興味深い内容でしょう。

一方、私が参加した際に感じたのは、一般的に想像するシラットとは少し方向が異なるということでした。

もちろんシラットの要素は含まれていますが、技術体系全体としては、シラットというよりも実践的な喧嘩術に近い印象を受けました。

そのため、シラット特有の身体操作や伝統的な技法を求めて参加すると、少し想像と違うと感じる人もいるかもしれません。

ただし、これは内容がよくないという意味ではありません。実際の暴力に対して即座に対応することを目的とするのであれば、非常に合理的な考え方だと思います。

単に、私がそのとき求めていたものが、もう少しシラットらしい技術体系だったということです。

このように、同じシラットという名称を掲げていても、団体によって練習内容や目指している方向は大きく異なります。

競技や試合を目標とし、体力と技術を厳しく鍛える団体もあります。

長年の武術経験者を対象とするような、高度で複雑な技術を扱う団体もあります。

また、伝統的な形式よりも現実の喧嘩や護身への対応を優先し、実践性を追求する団体もあります。

どの団体が正しく、どの団体が間違っているということではありません。それぞれが異なる目的を持ち、その目的に合わせた稽古を行っているのだと思います。

大切なのは、自分が武術に何を求めているのかを考えることです。

試合へ出場したいのであれば、競技に力を入れている団体が適しています。高度な技術をじっくり学びたいのであれば、経験者の多い団体がよいでしょう。

現実の暴力に対する即効性を求めるのであれば、実践的な喧嘩術に近い内容の方が役に立つかもしれません。

私は武術経験だけはそれなりにありますが、決して器用でもなく、難しい技術をすぐに覚えられる人間でもありません。

そのため、さまざまな団体に参加する中で、その団体の技術が優れているかどうかだけではなく、自分でも無理なく続けられるかどうかを考えるようになりました。

技術的に素晴らしい団体であっても、自分がまったくついていけなければ、練習を続けることは難しくなります。

反対に、技術が比較的シンプルであっても、自分のペースで繰り返し学べるのであれば、長く続けられる可能性があります。

これまで多くの団体に顔を出したことで、それぞれのシラットに異なる魅力があることを知りました。

そして同時に、自分に合う武術と、必ずしも自分には合わない武術があることも分かってきました。

今回挙げた団体はいずれも、それぞれの方向性において魅力のある団体だったと思います。

私がついていけなかったことや、考え方に違いを感じたことは、団体の価値とは別の問題です。単に私自身の能力や体格、年齢、武術に求めているものとの相性による部分が大きいのでしょう。

今後も機会があれば、さまざまな武術に触れてみたいと思います。

下手ではありますが、武術が好きであることだけは変わりません。上手にできないからこそ、少しでも自分に合う方法を探しながら、無理のない形で続けていきたいと考えています。