人類史上養蚕は古代から行われてきた。かいこだけでなく、様々な蛾の繭からも、生糸のように糸が採取されてきた。昆虫を利用したものの生産とはなんとロマンがあることか。あの人間とさりげなく共存している身の回りの虫が、何か美しいものを宿している。
絹織物で知られるフランスのリヨン、山側のスイス近くでは養蚕が盛んに行われていた。シルクロードでも、農業に適さない山岳地帯が養蚕地帯だった。美しい光沢をもった絹は、ヨーロッパや中国で貴族や王族の衣類を飾った。ビンテージレースのように加工され、様々な衣類や日常品に使われた。
醜くくも見える昆虫やその幼虫が、えもいわれぬ美しいものを人知れず紡ぎだすのは、イタリアなどヴァイオリンやギターのラッカーとして使われる貝殻虫もまたそうだろうか。いわゆるシェラック塗装である。天然のラッカーは木の振動を繊細に伝え、もっとも美しい音を出すという。
日本でもよく枯れ木に貝殻虫が白い体液を固めたからをいくつもこびりつかせている。ああしたものを目にした古代人たちが、何かに利用できないかと試行錯誤したものに違いない。それはまた踏み潰すと以外な真っ赤な色素を出した。イタリアのリキュールカンパリの色素は以前はその色素を使っていた。あの透き通るような独特な赤は他では得難いものだったのだろう。
エノキの木には玉虫が生息する。しっとり濡れた榎の葉は、芳しい上品で奥ゆかしい香りを放つ。玉虫はそんな榎の高い枝に好んで生息する。少し葉をかじり、何するでもなく静かに木にとまっている。人々がよく知るように、聖武天皇の宝物の中に、玉虫の羽を全体に敷き詰めた厨子がある。古代の宝物は大陸由来のものが多く、そんな中には昆虫を使った装飾品もあるということだ。玉虫は、榎の高木の高いところの若葉を好むようで、高いところを移動する。玉虫の光沢のある極彩色は、そんなかれらが鳥に捕食されないためのものだが、それでも鳥に傷つけられてしまい、天上の上品な淑女たちは失楽園の天使さながら、地上にときどき可愛そうに墜落して動けなくなっているのだ。