今回の病院の食事はとても美味しかった。

あまりに美味しくて、それを伝えたくて、食事に付いてくる献立メモに

お礼を書いて食器を戻した事もあった。


食事は美味しかったのだが、色々な連絡はうまくいってないようだった。


というのも、入院する時に食べ物で嫌いなもなのやアレルギーを記入する紙に

牛乳が嫌いだと書いておいたら、毎回の献立メモに【牛乳禁】と書かれて、牛乳の代わりにヨーグルトを出してくれていたのに

術後の食事再開時からは【牛乳禁】の文字は消えてバンバン牛乳が出されるようになったのだ。


まぁ、苦手なだけなので受け入れていた。


けれどもっと問題な事があって、それは手術前に私は二日前のお昼から食事が止められたのだが

それが栄養部に伝わってなくて食事が出されたのだ。


そしてお昼の時点では私はもう食事が止まるんだという事を知らず、食べてしまったのだ。

先生の急遽の判断で早まったことだったし、低残渣食だった事もありあまり問題ではなかったようだけど


この次の夕食まで平然と食事は出されたのだ。

それは食事は止まったと私も知っていた後だったので食事を運んでくれる看護助手の方に


「食事はもう止まったと聞いたのですが」

と言い、出されたままに食べず良かったという事があった。


後から、ちゃんと食べずにいた事にお礼を言ってくださった看護師さんから


「出されたからと食べちゃう人もいるんですよ。良かった」

と聞いた。

という事は、こういう話がちゃんと行ってないことはまぁまぁある事なんだなと思ったのだった。


前の病院では食事が運ばれる前に看護師さんや看護助手さんたちが二人一組で

患者さんの名前と献立の種類名、禁止の食べ物等を読み上げ確認して

患者さんの元に食事が運ばられた時も顔なじみで分かっていても毎回、患者さんにフルネームを言わせていた。


看護師さんも看護助手さんも忙しいから、中々、そこまで出来ないんだと思うけれど

美味しさは抜群だった今回の病院だったが、管理体制は甘かったかなと感じた。

今回の入院中に特に便利だったのは

ティッシュカバーだ。

ティッシュカバーと言っても、ただ可愛らしいカバーになっているものではなく

スナップ式の取っ手が付いているタイプのものだ。


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これがあるとティッシュをベッドの柵に取り付けておけるので

術後の動くのが不自由な時にも起き上がらずしてティッシュを使う事が出来る。


そしてもう一つ便利だったのはミニトートバックと

大きいガマ口財布だ。


ミニトートは病院内での生活でいつも持ち歩く用に使った。

私はどうしてもファスナー付きで内ポケットが付いてるタイプのものが欲しくて

入院前に探し回った。これが意外に無い。


見つからなければ、お弁当を入れるような

巾着のようなしぼりがトートに付いているタイプにしようと考えていた。


というのも、財布などの貴重品を入れるし術後の歩きが不安定な時にふと、落としてしまったとしても中身が散らばらないで済むと思われるからだ。


大きめのガマ口は院内用の財布として使った。

入院中に普段の財布は大きく大仰だと思っていたので

長さ十センチ強ほどのガマ口で、これまた内ポケットがついたタイプを愛用した。


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少し大きめにする事で小銭が取り出しやすいだけでなく

札も一折ぐらいで入れておく事ができた。


そして内ポケットにはメインバンクのキャッシュカードとTポイントカードを入れていた。


私の入院していた病院にはファミリーマートがあったからだ。

病院内での生活だったら、これで十分だった。

管が全て取れたら退院が近いと勝手に予想していたが

全て取れてから約一週間後が退院目標日になった。


食べるのは疲れると思うものの、食事は毎回

完食できる。


創の痛みはあるが、散歩は苦じゃなかった。


なので私の回復ぶりを見て、退院が早まらないかと期待したが

創の具合がイマイチなのか予定は変わらなかった。


この創なのだが、普通なのか普通じゃないのか

開腹手術初心者の私には分からない。


綺麗だと言われたり、薬を付けた方が良いと

抗生剤の塗り薬を処方されたり

どっちなんだ?


男性は、こういう創のような物を見るのには弱いだろうと

夫には見せていない。

見せて引かれるかもしれないと思うのも嫌だった。


毎日、シャワーを浴びた後に薬を塗ってガーゼを当て

テープで止めるのだが


退院後に一人で出来るようにと急に看護師さんがスパルタになりだした。

創の具合と私が一人で処置できるかのチェックのために

毎回シャワー後にはナースコールをする。


そして初めの頃はテープを貼るのをやってくれていた看護師さんたちが、見てるだけになって

私は不安な思いながらも一人で何とか処置するのだった。


病院では起き上がるのも横になるのも

腹筋を使わなくていいように、ベッドのリクライニングを使う。

使わないと、痛くてたまらない。


創の処置は退院後に一人で出来るとして

この起き上がりと横になるのは問題だ。ましてや我が家は畳の上に布団を敷いて寝ているのだ

つかまるものだって、ありゃしない。


それを思うと早い退院も良し悪しな気がして

気長に退院日を待つ事にしたのだった。

私がガンと診断されて一番に考えた事は


「ワンピースの最終回見れるかな?」だった。


ワンピースが好き過ぎるわけではない。

まぁ普通に好きだが


ガンの告知後に思う事は案外、こういった深刻めいてない何気無い事なのかもしれないと実感したのだった。


それと同じで、子どもを授かりたかった私が子宮と卵巣を

摘出しても

絶望したり、一人で泣くという事は無かった。


これはもちろん個人的思考であり、他の人は違うかもしれない。


ただ、人の言動やニュースに敏感になるという事はある。


やはり癌関連のニュースやブログには

やたらと反応してしまう。


妊娠や出産のニュースに関しては

出来るだけ聞き流そうと“変に”意識してしまう。


今はまだ、心の奥底に染み渡って無いだけで

染み渡ってしまったら平気でいられなくなるのではないかと不安だからだ。


だか、人の何気ない言葉は卑屈に勝手に反応してしまう。


悪い事なんて何も言ってないのに

「なんて無神経な人」と思ってしまう。


更には、無神経な事を言ってないか気にして聞いてきた人に

「無神経だったとして、無神経だったよ、傷ついたよ」

なんて言えないよ。


自分が助かりたいだけじゃないか、何で私がそんな事に気を使わなきゃなんないんだ。癌なのに。


などと思ってしまうのだ。

我ながら面倒臭い心理になってるなと思うものだ。

手術前から「歩くように」と色んな人に言われていたので

毎日、午前と午後で長めの散歩をした。


と言っても、ただ病院中をクルクル歩いたってすぐに飽きてやる気が失せてしまう。


そこで午後中は病院内の図書館とコンビニに行き

午後は屋上庭園に行く事とした。


私の入院した病院はガンに関する本を取り揃えた図書館がある。患者や家族が読む一般用と

先生や看護師さんたちが読む専門書が置いてあった。


借りて、自室で読む事もできるのだが

それよりも図書館で少しずつ読んだ方が毎日、図書館に通う目的が出来ると思い

私は借りずに通い続けた。


本屋では一、ニ種類しか見かけなかった子宮体癌の本が

ここでは何冊もあったし

リンパ浮腫の本もあったので本当に勉強になる。


私は中々に気に入ったのだけれど、他の患者さんに会う事はほとんどなかった。


たまーに来たと思ったら、チラチラと立ち読みして出て行ってしまう。

私のように、机のある椅子に座ってじっくり読む人はほとんどいなかった。



午後に通った屋上庭園は三階と四階にあり、私は四階に行っていた。


庭園自体は、冬だからか殺風景なのだが

日当たりが良く、外に出ると遠くの街並みまで見渡せる。


風が強い日は、屋内のテーブル席から陽射しを浴びながらお茶を飲める(自販機のだが)


入院していても優雅に毎日を過ごせる空間で気に入っていた。


そういった場所があったおかげで毎日の散歩をサボる事なく続けられ、小さい事だけど目標を持って

入院生活を続けられた。